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製品進化とマネジメント風景 第44話 コンクリート技術の進化と環境マネジメント

第38話において都市の話をしましたが、今回は、都市の中心をなすビルの素材であるセメントとコンクリートに関する話です。今日、地球環境の話といえば、ほぼイコールCO2排出であり、CO2排出といえば化石燃料を燃やす火力発電やガソリン乗用車に目が向けられています。しかし、ご存じのようにセメントとコンクリートも地球環境にかなり大きな影響を与えており、そのことをしっかり認識しておかないといけないと思います。同時に、この業界は、数十年前から環境負荷低減に加えて、産業廃棄物や都市ゴミ処理という静脈的活動において地道な努力を積み重ねてきており、社会に貢献してきた縁の下の力持ちであったことも忘れてはいけないと思います。

世界におけるセメント生産量は、1990年には10億トンでしたが、2015年には40億トンと25年間で4倍に増えました。これは年率5.7%で成長し続けてきたことを意味します。この数字は、新型コロナウイルスが発生前の民間航空機市場の成長レベルに匹敵しており、かなりの成長産業であることを意味します。その主たるドライバーは中国であり、世界シェアは60%弱に達してします。これに対して日本の生産量は約0.5億トンでありシェアは1%強レベルです。

最も標準的なポルトランドセメントは、1トン生産するごとに約0.8トンのCO2を排出します。最も環境に配慮したセメントではCO2排出は半減するものの、セメント産業は世界のCO2の10%程度を排出しています。CO2排出源としては化石燃料を使用する火力発電と内燃機関自動車が大きいため、その影に隠れ、これまではそれほど注目はされていませんでした。しかし、再生可能エネルギーの比率が増えて電動化が進み、CCS (Carbon Capture & Storage)の利用とセットで水素燃料が使われるなってくると、次第にセメントのCO2排出は目立ってくるでしょう。

セメントは、古くはピラミッド造りやローマの水道橋などにも使われ、非常に歴史が古い材料です。古いということは信頼できるということでもあります。安価であることから世界中に普及し、日本では明治時代から生産を開始し、高度経済成長の結果として昭和54年に一度目のピークを迎え、その後、平成初期のバブルで平成8年に二度目のピークを迎えました。この時代、産業廃棄物に加えて一般廃棄物の量が急増し、その行き場に困ることが再三発生しました。その際、セメント産業は、産業廃棄物の資源化を積極的に進め、廃棄物が溢れかえるのを防ぎました。世の中にセメントという製品を供給する以外の面でも社会の役に立っていたということです。

セメント素材のメインは石灰岩であり、その主成分は炭酸カルシウムCaCO3です。これを1400℃レベルまで熱してセメントクリンカにすると、CO2が大気に抜けてCaOとなります。つまり、セメントを作る行為は、地下に固定化されていたCO2を放出することを意味します。さらに高温にするためのエネルギー投入が必要であり、そこには化石燃料が使われてきました。当初、燃料は石油でしたが、1970年代のオイルショックを契機として石炭に切り替えられました。

このようにセメント産業は、当初よりCO2排出が宿命づけられており、数十年前から環境負荷低減の取り組みをしてきました。高度成長時代を迎えた国では生活が豊かになります。生活が豊かになるということは、当時の感覚では大量消費を意味し、家庭からのゴミ、汚泥の排出量が増え、工場からの産業廃棄物排出量も増加の一途を辿りました。これ以外にも、豊かになるにつれて肉食が増えましたが、その結果として肉骨粉の発生量が増えて捨て場に困るようになりました。これらの廃棄物は焼却されたり、埋め立てに使用されて処理されましたが、次第に排出される量が処理能力を上回るようになりました。そこで、より多くの廃棄物をセメントの原料として使用できるようにする技術開発が行われ、その結果としてエコセメントが生み出されました。

通常のセメントを1トン生産するためには原料が1.5トン程度必要ですが、エコセメントではそのうちの0.5トン分に廃棄物を使っています。使用された主たる廃棄物は、高炉スラグとフライアッシュでした。高炉スラグは鉄鋼生産の副産物であり、フライアッシュは石炭火力発電やゴミ焼却場の副生成物です。つまり、セメント産業は、鉄鋼産業および石炭火力発電産業と強固なサプライチェーンを形成していたということです。今後、鉄鋼産業も火力発電も化石燃料ではなく水素の利用に舵をきりつつあります。そのため、セメント・鉄鋼・火力発電をつないでいたサプライチェーンの形は変わっていくでしょう。

セメントづくりは高温環境が必要であるため、大量の燃料が必要です。以前は石油や石炭が使われてきたのですが、ここでも廃タイヤや廃プラスチックなど、行き場を失った廃棄物を燃料として利用し、廃棄物の量を低減することに貢献してきました。以上から、セメント産業における社会貢献は評価されるべき点だと思います。一方で、CO2排出量が大きいという本質的な問題を抱えているため、今後は、この点を大きく改善する技術革新を進めていく必要があります。

近年、セメントよりも大きな問題が指摘されているのがコンクリートです。コンクリートは建物の高層化を可能にしました。都市の土地は希少資源であり、高層化はその解決策であり、コンクリートと都市化の進展は切っても切り離せない関係にあります。コンクリートはセメント、水と骨材(細骨材、粗骨材)により構成されています。70%が骨材であり、粗骨材は砂利であり細骨材は砂です。つまり、コンクリートは実質的に砂と砂利でできているということです。

都市化が進み、高層ビルや人工の島がたくさん造られています。これらに使用される砂と砂利は少なくとも年間300億トン以上ですが、この大量の砂と砂利はどこから持ってきているのでしょうか? 

砂、砂利は、川砂、山砂、陸砂、砕石・砕砂、海砂の5つに大別されます。最も品質が良いのは川砂であり、河川や湖の底から採取されています。河川は上流から毎年一定規模の砂利を生産していますので、その範囲内で使用するならば再生可能資源と言えます。しかし、1990年以降、コンクリート使用量が急激に増大したため、河川が生産する以上の砂利を消費するようになり、海岸の砂浜消失や湖の水位変化などの環境問題を生み出し始めました。

日本でもかつて砂利の取り過ぎにより環境問題が発生しましたが、規制が入り、今では採取される川砂の量は河川が運んでくる砂利の量とだいたいバランスが取れています。しかし、世界全体を見ると、過去よりも大規模に都市化が進行中であり、現在進行形の環境問題となっています。

なぜ、砂不足などという問題が起こるのか? 砂ならば砂漠にたくさんあるではないか。なぜ、砂漠の砂を使わないのか、と誰でも思うのではないでしょうか。残念ながら今の所、砂漠の砂はコンクリート用骨材としては使えません。理由の1つは、砂漠の砂が丸みを帯びているためです。コンクリート用の骨材には角のある砂利が適しています。それは、千差万別の形をした砂利が相互にかみ合って強い圧縮力に耐えるからです。砂漠の砂ではこの相互のかみ合いが生じないため、強度が出ません。もう1つの理由は、砂漠の砂は塩分濃度が高いことです。塩分濃度が高いと鉄筋や鉄骨の酸化速度が加速します。塩分を除くには淡水で洗う必要がありコストがかかります。海砂は塩分を除けば強度の出る骨材として使えますが、砂漠の砂は洗浄しても強度が出ないため、残念ながらコンクリート用骨材として使うことが出来ていません。

コンクリートに適した自然の良質な砂、砂利が枯渇し始めてきたため、今後の更なる都市化に対応するには、骨材の代替材が必要です。では、どのような代替材が考えられるでしょうか?

ここでは3つの例を紹介します。第1は、砕石・砕砂という人工プロセスによって骨材を生産する方法です。これは技術的に可能であり事業化もされています。しかし、岩石という強固に結合された物質を機械的に壊す作業であり、現在の技術では粉砕効率が非常に低いため、とても環境的に良いプロセスとは言えません。第2は、壊したコンクリート建物の瓦礫から骨材を回収する方法です。日本では、すでにリサイクルコンクリートとしてJIS化もされており、海外でも類似のものがあります。水分を含みやすく、強度も少し劣りますが、古い建物を壊さざるを得ないならば、それをリサイクル材料として使用するという考え方は持続可能性があるといえます。レアメタルについては都市鉱山というコンセプトが生み出されたように、コンクリート用骨材についても同様に考えていくことができると思います。

第3は、エンジニアリングプラスチックや複合材(FRP、PMCなど)の廃棄物です。これらの高強度プラスチック材料は、航空機、自動車分野での使用量が増え、いずれ建築材料としても使用されることを考えると、新たな産業廃棄物の候補です。日本はこれまでプラスチックゴミを燃やして燃料としてきましたが、世界標準ではこれはリサイクルと見なされていません。よって、再利用を考えなければならない状況に追い込まれつつあります。炭素繊維は高価であるとともに製造時の環境負荷が高いため、廃棄物から取り出して再利用することは理にかなっています。エンジニアリングプラスチック類については、常温では強度も高く腐食にも強いので、火事に弱いという点を考慮しながら骨材に使っていくのが良いと考えます。

なお、川砂については、毎年、一定量は河川によって作り出されるので、その分は再生可能な資源として使えます。持続可能な社会にしていくためには、自然が作り出す物量を認識しつつ、足りない分をリサイクルなどの別の方法で補っていくという考え方に変えて行かなければなりません。

セメント生産においてはCO2排出が避けられない宿命的な問題です。コンクリートもセメントの7割を使用しているので同様です。よって、このCO2排出問題をどう解決していくかが重い課題として残ります。現在検討されている対策としては、古い建物から回収した骨材の再利用、セメント生成プロセスで発生するCO2を捕獲・資源化およびCO2発生の少ない原料への変更などがあります。骨材の再利用は、使用済コンクリートを細かく砕いて乾湿を繰り返すことにより、1トンあたり10~30kg程度のCO2を固定化できます。しかもCO2固定化により骨材性能が向上するため、再生骨材の利用を促進して自然骨材の採取低減とCO2排出低減の一石二鳥の対策になります。2番目のCCS (Carbon Capture and Storage) およびCCU (Carbon Capture and Utilization)については別途詳しく議論したいと思います。最後のセメント原料の変更については、CO2を多く含む石灰石(CaCO3)を減らしてCO2を含まない珪灰石(CaSiO3)を増やす取り組みです。

話は変わりますが、コンクリートでは、特に鉄筋や鉄骨を使う場合には、その腐食を避けるために内部をアルカリ性にします。そのアルカリが雨によって流出し、土壌のアルカリ化を引き起こして問題化する場合があります。しかし、これはプラスに働く場合もあり、一概に環境に悪いとは言い切れません。植物は、概ね中性から弱酸性を好み、アルカリ性が強すぎても酸性が強すぎても育ちません。日本は雨が多く、湿潤であるため土壌が酸性化しやすいといわれます。微生物の活動が活発となり有機酸を土壌に排出する量が多いためです。それ以外にも、大気中のCO2濃度が上がったため、雨が以前よりも酸性化したことの影響もあるでしょう。酸性化した土壌であればアルカリの注入はプラスに働きます。実際、わざわざ石灰(アルカリ性)を混ぜて土壌を中性化している農地はたくさんあります。

今後、都市化が進むとすれば、生態系を維持するために自然環境への配慮が欠かせません。それには原料の採取はもちろん、建物周辺の土壌や水への影響も含まれます。コンクリートビジネスを持続可能な活動にするには、低コストの生産プロセスを考案するだけではなく、社会システム全体に対する複眼的な見方を持ってサプライチェーン構造を見直すといった考え方が重要な時代になってきたと言って良いでしょう。これを実現するには、多くの分野の専門人材を事業の中で使いこなすマネジメントの仕組みが不可欠です。貴社は多様な人材を使いこなすためにどのような取り組みをしていますか?