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製品進化とマネジメント風景 第16話 センサー技術の進化とIoTマネジメント

最近の新聞やものづくり系雑誌では、IoTが頻繁に話題になっています。以前から航空エンジンと建設機械の分野では話題になっていました。今は、それが広がってきています。個人的には、日本の工作機械分野において、IoTとAIを組み合わせて生産性を向上する活動が目につきます。

面白い所では、おむつやスポーツ用品にもIoTが適用されはじめたことです。おむつの適用については赤ちゃん用と介護用の2つがあります。おむつに埋め込まれたセンサーからスマホに連絡が来るので、タイムリーに対応すれば良く、しかも放置による悪影響を回避できるというメリットがあります。

スポーツ用品については、今年の箱根駅伝における好記録の裏にナイキのランニングシューズ「ヴェイパーフライ」があったことが、あちこちのサイトで話題になっていました。このシューズ開発において、走りを促進するスイートスポットを拡大するためにナイキはIoTを使ってデータ収集し、より多くの人がこのシューズの威力を発揮できるように改良設計したという所が印象的でした。

IoTを活用する方向は大きく2つに分かれます。1つは製品に適用して顧客価値を高める方向です。もう1つは、自社の生産やサービス提供に適用して生産性を高める方向です。どちらも重要ですが、製品の特徴やサプライチェーン上の位置によって相性の良し悪しがあるでしょう。

世界中の人に需要があるセメントや鉄などの素材系において、特に素材の成分で差別化しにくいものについては、自社の生産性を高めてコストダウンすることの優先度が高くなります。一方、用途が限定されている製品は、限定された顧客にしか売れません。産業用製品のかなりの部分がこのカテゴリーに入ると思います。そういう分野では、コストダウンも重要ですが、それ以上に顧客の困っている問題を解決すること、本当のニーズに寄り添うことが重要であり、IoTもその方向で力を発揮します。

さて、IoTの構成を出来るだけ単純化して考えると3つの要素となります。現場に接しているエッジ、データを蓄えて分析・評価するクラウド、そして両者を繋ぐインターネットです。ただし、データを分析してエッジにフィードバックするタイミングの速さによって、エッジの複雑さが変わります。

データを収集した後、じっくり分析・評価すれば間に合うケースではエッジは比較的シンプルです。センサー機能、通信機能とこれらへの電力供給機能があれば十分です。このケースでは、しばしば電力供給のない場所において、風雨に曝されつつ長期間メンテナンスフリーで使用したいというニーズがあるので、低消費電力で長持ちすることが要求されます。

一方、工作機械のようにリアルタイムでフィードバックして加工を制御したいケースでは複雑です。特に、単純なフィードバックではなく、多数の計測結果を分析・評価してリアルタイムにアクションを取る場合には、エッジにも高級な頭脳が必要になります。この頭脳はPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラー)です。入力部、マイクロプロセッサ部、メモリー部、出力部、電源部から構成されたミニコンピュータと言って良いでしょう。エッジにおいて機械学習を適用したいとニーズも出始めているので、PLCの演算能力はどんどん高まって行くでしょう。

エッジの演算能力向上の話をしましたが、個人的にはIoTで最も重要なのはセンサーだと思っています。なぜなら、IoTが目指している最終的な目標は人間だからです。人間は毎日、たくさん動き回っているのに、事故も起こさず無事に過ごしています。これは、人間に備えられた五感を含む体内センサーのおかげです。静止している装置ではそれほど必要ないかもしれませんが、自律的に動く装置ではセンサーが必須です。

ではセンサーとしてはどういうものがあるのでしょうか? 人間の五感で考えるのが分かり易いですね。ただ、味覚が出る場面は少ないので、これを除いて、視覚、聴覚、触覚、嗅覚を見ていきましょう。

視覚センサーとしては、まず、可視光の領域においてCCDやCMOSと言った半導体センサーがあります。人間には見えない赤外線領域でも、熱型と量子型の2タイプの素子があります。具体例としてはフォトダイオードがあります。視覚という意味ではX線による検査装置も入ってくるのかもしれません。ただ、現在の所、X線検査装置はまだサイズが大きくてセンサーとは呼びにくいですね。

聴覚センサーとしてはマイクロフォンがあります。音の周波数、強度、パターンを計測します。小型化されたものとしては、シリコン膜を使ったMEMSマイクロフォンがあります。人間が聞こえる周波数は20Hzから20KHzくらいですが、超音波になると圧電セラミックを使ったセンサーが必要になってきます。

触覚では、温度、湿度、圧力、振動に加え、硬さ、表面粗さなど、多様な情報を取得します。温度についてはSiダイオードを使った半導体センサーやフォトダイオードを使用した赤外線センサーがあります。湿度では、抵抗式あるいは容量式のIC化された湿度センサーがあります。圧力では、ピエゾ抵抗型の半導体センサーがあります。振動についてはひずみセンサーによって検知できます。硬さは、静電容量型あるいは感圧導電性ゴム型の圧覚センサーで検知可能です。表面粗さについては、いわゆる計測装置はありますが、私の調べた限りにおいて小型センサーと言えるものは見つかりませんでした。

嗅覚については、においセンサー、ガスセンサーというのがあります。においセンサーとしては、水晶振動子を用いてにおい物質の質量を測定して特定するセンサーがあります。ガスセンサーとしては、金属酸化物、固体電解質を用いて測るタイプに加えて赤外線の吸収量を測定するタイプもあります。危険な環境を察知するために必要です。

五感には入っていませんが人間は加速度や姿勢を検知します。加速度は内耳前庭で感じ、姿勢はジャイロ効果を通して三半規管で感じることが出来ます。加速センサーやジャイロセンサーは大抵のスマホには搭載されています。

人間の五感は、製品の製造時やアフターサービス検査時、さらには工場などにおける安全確認の面で大変役に立ちます。一方、人間が検知しにくいものもあります。例えば、磁気、長い距離、内部欠陥などです。磁気は感じ取ることができません。近距離ならば人間はかなり正確に計測できますが、少し距離が離れると途端にその精度が落ちます。また、人間はモノの表面から様々な情報を入手しますが、物質内部からは情報を取得できません。

磁気センサーとしては、ホール素子やリードスイッチがあります。一方、距離の計測と言えばレーダーです。無人自動車を実現するためには必須となる装備です。いずれ電源とセットで半導体チップ化されて小型化が可能になれば、スマホや時計に装備されるようになるでしょう。これがあれば、不注意による人とモノの衝突や、人と人の衝突もかなり防げるでしょう。今後、工場内で部品を持って移動するロボット、自らフローラインの適切な位置に移動するロボットが増えてくると、人と衝突する事故の増加が予想されるので、レーダー技術は工場の安全確保などにも役に立つと思います。

内部欠陥を見つけるのは非破壊検査の領分です。非破壊検査のセンサーはIoTの非常に重要な要素になると思います。特に、赤外線センサーや超音波センサーなどは活躍する場が多いのではないか思っています。道路や橋などの交通インフラに加えて、プラントや工場などの産業インフラも確実に老朽化が進んで行きます。前者についてご専門の方から話を聞きましたが、国や地方自治体の予算が増えず、半ば放置されているとのことでした。高所などを人間が検査すると、安全最優先ですから検査に時間とコストがかかります。これに対してドローンに可視光や赤外線カメラを搭載して撮影し、画像分析して非破壊検査を出来るようになれば、低コストで高品質の検査が出来るように思います。一部で実用化も進んできています。

センサーは、今後の成長分野であることは間違いないでしょう。理由は単純です。スマホによって双方向通信が実現しましたが、その数の最大は、だいたい人間の数に制限されます。一方、IoTでは双方向通信する機器の数で決まります。少なくとも、人間の数の10倍のオーダーにはなるでしょう。重要なのはコストですが、半導体化、IC化出来るものは、電力コストに依りますが安くできる可能性は高いでしょう。

他方、センサーの役割が重要になればなるほど気を付けるべきことがあります。他山の石とすべきは、ボーイング737MAX旅客機におけるセンサー故障起因の墜落事故です。多くの人命に影響する製品の運用において、センサー情報を用いて自動制御を行う場合、当たり前ですが、非常に注意する必要があります。マーフィーの法則が示唆するように、故障する可能性があるものはいつか必ず故障します。よって、大事なのは、故障した時にそれが大事故に発展しないようにすることです。複雑なシステムにおいて、これを確かめるためには、センサー故障によって生じる全てのクリティカルなケースについて実環境を作り出して試験を行う以外に良い手はありません。

網羅性が重要なので結構な作業量になります。今後のIoT時代に求められることは、複雑なシステムにおいて、仮に故障が発生しても連鎖反応が生じて大事故に発展しないことを担保する能力だと思います。これを扱うには、システム思考が必要になります。システム思考は、部分と全体の関係を見える化し、部分と部分の相互作用を知り、部分の変化が全体に及ぼす影響を把握するための方法です。

トヨタは、車を含めた新しいコンセプトであるCASEを実証するために、静岡県東富士にスマートシティを作って社員を住まわせて実証実験を行うそうですが、これはトヨタだからできることです。普通の会社には出来ません。

普通の会社がすべきことは、システム思考を強化し、複雑な現実をしっかり再現する複合環境試験モデルを作ることであり、それを使ってクリティカルな状況の試験を実施し、重大な欠陥を早期に摘み取ることです。複合環境試験モデルづくりには、前述のシステム思考に加えて多分野の専門人材の知恵の統合が必要です。複雑化が進むこれからの時代、貴社はどのように対応していきますか?

参考文献

  1. センサーが一番分かる本、松本光春、2012年
  2. ナイキ ホームページ
  3. 東洋経済オンライン 2020年1月16日