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製品進化とマネジメント風景 第40話 バイオセンサの進化とIoT事業マネジメント

新型コロナウイルスは、多くの人々が考え方を変えるきっかけを与えたように感じます。世界の多くの人々は、従来の経済中心の世界観に行き詰まりを感じるようになり、より自然との和が取れた世界観を求める方向に進路変更しようとしているように見えます。その影響もあって、各国政府や金融機関がESGを進める方向に明確に舵を切りました。

新型コロナウイルスは、ある意味、人間が自分で作り出したものとも言って良いと私は考えています。感染症の歴史を調べると、殆どの感染症は家畜から人間に移る所から始まります。主たる食用の家畜は牛、豚および鶏ですが、その食肉生産量は過去50年間の間に3倍以上に増加しました。特に豚と鶏の増加が著しく、豚は約5倍、鶏は約10倍に増えました。つまり、50年前と比べて単純計算でも、ウイルスが豚や鶏の中で突然変異する確率は5倍なり10倍に増えたということです。

さらに、食肉という商品を予定どおりに出荷するために、抗生物質を食物に混ぜて病気の発生を防ぐようにもなりました。これは短期的には有効かもしれませんが、長期継続すると薬に強いウイルスや細菌を生み出すことになります。これらを含めて考えると、人間に害を及ぼすウイルスが発生する確率は50年前と比べて10倍以上になっていると言えるのではないでしょうか。それも自らの活動の結果として。

今日は、情報技術が発達し、その気になれば何でもモニターできるIoTの時代です。これまでIoTを適用する分野の筆頭は産業における生産性向上でした。しかし、過度な生産性向上は、前述の感染症ウイルスのように、何某か人間にとっての害毒を生み出す可能性があることを示唆しています。これからのIoTは、むしろ、自然と人間がバランスを取っていくために必要な方向に進んでいくのではないでしょうか。具体的には、モニター対象が機械中心から、人間、動植物、微生物を含めた生き物やその生存の場である自然環境に移っていくのではないかということです。そこで重要となるのは生き物の活動を計測できるセンサです。よって、今回はバイオセンサをテーマとしました。

本コラムでは、バイオセンサは単に生化学物質を検出するものだけでなく、人間や動植物の反応をモニターできるセンサとして扱っています。ですから、通常、バイオセンサといえば、酵素、微生物、DNA(デオキシリボ核酸)、分子インプリントポリマー、アプタマー(抗体と同機能を持つ核酸)を使ってセンシングするものを指します。しかし、ここでは、脳、皮膚状態および表情をモニターできる物理センサもバイオセンサに含めています。個々のタイプのセンサについては、具体的な適用事例の中で説明していきます。

バイオセンサが活躍できる事業にはどのようなものがあるでしょうか? 最初に出てくるのが医療・健康、次が食の安全、最後に空気・水・土・木に関わる環境です。その先にも興味深い事業がいくつか想定できますが、それらは別途議論したいと思います。

過去、事業として成功したバイオセンサの代表例はグルコースセンサです。用途は糖尿病の検査用です。当初は、検査装置が高価であったので病院に行って検査する必要がありました。しかし、それは患者の負担になります。そこで、コストを抑えた家庭用検査装置が開発されました。糖尿病は一種の文明病とも言え、経済が発展するにつれて世界中に増加し、今日では患者数は約5億人もいます。これだけ沢山の人の需要があったので、家庭用検査装置は事業的に大成功しました。

医療・健康分野には二匹目、三匹目のドジョウが潜んでいると考えられます。それは、感染症検査とストレス検査です。第二、第三の新型コロナウイルスが出てくる確率が高いことは容易に予想できるので納得がいくでしょう。今日、新型コロナウイルスに感染しているかどうかの家庭用検査キットを安価に入手できるならば、多くの人が買い求めるのではないでしょうか。私も買いたいです。

一躍有名になったPCR検査ですが、PCRというのはポリメラーゼ連鎖反応のことであり、検査対象のウイルス遺伝子を増やす技術です。PCR検査は、PCRで検査対象を増やしてから確度を高めてから、分子交雑法という抗原検査を行う方法のことを意味します。抗原検査では抗体を内蔵したバイオセンサが用いられます。対象遺伝子を増幅するには、40サイクル程度の熱サイクルを回す必要があり、ここに時間がかかります。そのため、検査結果を得るために最低でも3時間レベルが必要となり、その場で結果を出せないことが課題となっています。熱サイクルプロセス時間を短縮するための活動は進んでおり、連続PCR法では2~3分まで短縮できつつあります。検査装置の小型化も進んでおり、アタッシュケースに入るくらいのサイズにできそうです。

抗原検査を行うには、まず、抗原となるウイルス遺伝子を特定した後、その存在を検知する抗体が必要です。抗体はB細胞から作られますが、一種類のB細胞から一種類の抗体しか作れないため、大量生産が難しいという課題がありました。今日では、対象とするB細胞をがん細胞と組み合わせて大量生産できるようになりました。がん細胞といえば人間の健康を害する代表的存在ですが、それを薬の生産に活用するというのは「毒を以て毒を制する」の実践です。がんは人間だけの病気ではなく、哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫に加えて植物でも見つかっていますので、がん細胞を人間や動物の役に立つ形で活用できる場面は多々あると思われます。

30分以内に感染判定ができる抗原検査法としてイムノクロマトキットがあります。検出の原理は前述したバイオセンサとだいたい同じです。検査時間が短いというメリットがありますが、対象とするウイルスの遺伝子濃度が低いため、検出精度が悪いという問題があります。やはり、高速化したPCR検査が感染症検査の王道だと考えられます。

もう一つのドジョウに化ける可能性があるストレス検査に移ります。後者は世界保健機関(WHO)の警告に基づいています。WHOは、2030年にはストレス原因のうつ病が世界第一位の疾病になると予測しています。確かに現代はストレス社会といわれています。自身の健康を守るため、ストレス状態を検査する安価な家庭用検査キットがあれば、やはり多くの人が購入するのではないでしょうか。

ストレスといえば、ホルモンであるアドレナリンとノルアドレナリンを思い浮かべますが、これらは血液検査をしないと測ることができません。血液検査は皮膚に針を刺すので家庭用には向きません。針を刺さずにストレスをモニターできる物質として、コルチゾールやNO代謝物(硝酸イオン)があり、これらは唾液で検査できるので、家庭用検査装置にできる可能性があります。

ストレスモニター用として近年注目されているのが近赤外光を用いた計測法(fNIRS)です。脳に近赤外光を照射し、反射光を検出し、その差を分析して脳のストレス状態をモニターする方法です。ストレスに関連して計測しているのは脳血流の酸素状態の変化です。脳が活性化している時には血流が増加して酸素供給量が増加するので、これを捉えます。うつ病の検査手法の一つとしても使用されていますが、帽子の内側にセンサをセットして簡単に計測できるため、自動運転を解除した時のドライバーの覚醒状態やストレス状態をチェックする方法としても適用が検討されています。fNIRSを標準装備するのは、まだコスト的に難しいことが予想されるので、低コスト化として、fNIRSの結果と顔の表情の関連付けを行い、それらをAIに学ばせてカメラ画像から心理状態を推定する方法も実用化レベルにあります。

脳の状態をモニターするのに、なぜ、近赤外光が適しているのでしょうか? 近赤外光は波長が780~2500nmの電磁波です。この波長が脳の計測に適しているのです。可視光はヘモグロビンに、赤外光は水に、紫外光はタンパク質に強く吸収されるため、体内に光が到達しません。近赤外光は、体内の吸収が少なく、そのため多くの生体内部情報を取り出すことができるのです。

その他にも、心理状態に関連するものとして汗、皮膚、心拍数があります。汗腺にはアクリン腺とアポクリン腺があります。前者は体温調整用ですが、後者はアドレナリンの分泌によって出てくる性質があるため、ストレス状態を示す指標になりえます。皮膚状態や心拍数は、単独の計測結果だけではストレス評価は難しいですが、他の指標と組み合わせることで役に立つでしょう。柔らかい有機半導体で作製したリストバンド形状のウェアラブル装置があれば、汗、皮膚状態、心拍数の計測が可能です。

次は、食の安全に関わるバイオセンサ市場についてです。これまでも、市場に出ている食材、特に生鮮食材の新鮮さや細菌の繁殖状況をモニターする需要はありました。しかし、今回の新型コロナウイルスの発生源が生鮮食材市場であった可能性があることから、今後は食材のウイルスチェックの需要が増していくことでしょう。

さらに、生きている家畜や養殖魚の健康状態のモニターが重要になるでしょう。新しいウイルスを検知するのは、それに対応した抗体がないので不可能ですが、家畜や養殖魚が健康状態にあるのか否かを検知することは可能です。そこで集団として不調になる家畜、魚が出てきた場合には、保健衛生所などに協力を求めて血液検査等を実施することを仕組み化し、感染した家畜、魚を早期隔離することにより、大量処分といった問題を回避出来る可能性があります。また、人間に感染するリスクのあるウイルスや細菌を早期に発見できる可能性も高まります。

ここから、空気、水、土、山林などの自然環境のモニターに移ります。これらの中でも汚染されると特に影響が大きいのが水と土だと考えられます。水については、海は自浄作用が高いですが、水の出入りが少ない湖沼は排水の影響を強く受けます。人間の生活排水に含まれる窒素やリンを含む栄養塩類が植物プランクトンの大量発生を誘起し、それが湖沼の生態系に影響を与えるのです。これらの状況のモニタリングには微生物を使ったBOD(生物化学的酸素要求量)が用いられます。土壌についても、重金属、農薬、悪玉の細菌など、害を及ぼすものの検査需要は以前からあり、微生物センサが活躍してきました。今後出てくるニーズとしては、肥料として土壌に投入されるリン資源のモニターがあります。リンは農作物の成長に必要不可欠ですが、過剰投与すると排水されて河川に流れ込んで富養化問題を引き起こします。人間もリンを過剰摂取すると健康にも悪影響が出ることが知られています。リン酸計測でも微生物センサが活躍します。

酵素、抗体、DNAなどは検知する対象が明確でないとセンシングできません。また、コスト的にも高いので事業的に成立しないケースが多いと考えられます。これに対して微生物は大量生産に向いており、しかも複数の物質のセンシングに使える場合が多く、コストパフォーマンスが高いというメリットがあります。微生物としては細菌、真菌が用いられます。

以上、バイオセンサ事業を概観してきましたが、この事業では市場を作り出すことが最も重要であり、ここに試行錯誤と工夫が必要とされます。

新しい市場を見つけるには、自社と潜在顧客の連関を理解し、既存の分野間にあるニーズを見つけることが重要です。当社は、顧客価値分析法により探索することを薦めています。企業は得意分野に集中するので、特定の分野は非常に強く、その周辺はよく見えていますが、集中すればするほど見える範囲は狭くなります。これからの事業は、分野と分野の間(はざま)に存在するものが多いため、自社の人材だけで新事業の種を見つけるのは難しいと思います。外部の目を取り入れることが、これからの時代における新事業探索方法の標準になるだろうと思います。貴社は、間(はざま)の新事業を開拓するために外部の目をどのように活用していますか?