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製品進化とマネジメント風景 第27話 パワー半導体の進化とエネルギーマネジメント

日本は1970年代にオイルショックを経験し、世界でもトップレベルの省エネ国となりました。内燃機関を使う製品ではその効率向上に注力し、電気製品にはパワーエレクトロニクス(パワエレ)が適用されるようになりました。内燃機関もパワエレも技術面では世界トップレベルとなりました。世界全体を見渡して思うのは、日本の省エネ指向は国民性とも結びついた一種の国民文化になったと言っても過言ではないでしょう。

今日、パワエレの主たる電気製品への適用は行き渡りました。技術の改良は進んでいますがその効果は限定的です。更なる省エネのためには、これまでパワエレが適用されていなかった分野への適用が必要です。その分野はどこでしょうか? 後ほどそれについて語りたいと思います。

パワエレの定義は人によって微妙に異なりますが、ここでは、パワー半導体スイッチ素子を用いて電力変換、電力制御を行う技術分野とします。パワエレによる省エネ効果は主にインバータによってもたらされてきました。インバータは直流または交流から周波数の異なる交流に変換する装置ですが、電圧型と電流型に大別されます。現在の主流は前者です。その中でも、ほとんどが出力電圧と周波数の制御を同時に行うPWM式(Pulse Width Modulation)であり、本コラムではインバータと言えばこれを意味していると認識ください。

前提として、なぜ、インバータが省エネなのかを最初に確認します。インバータが適用される以前は、モータを使う電気製品の制御方法はオン・オフ制御でした。つまり、定格回転数で運転するか、停止するかの二択でした。モータを使う身の回りの製品としては、エアーコンディショナー(エアコン)、冷蔵庫、照明、エレベーター、電車などがありますが、この季節には毎日使っているだろうエアコンを例として考えてみましょう。

冷房モードのエアコンを最大出力で使用している時、モータは定格回転数で運転しています。温度が目標値に達するとモータが停止します。電力消費はモータ回転数の3乗に比例します。インバータが適用される前の昔のエアコンでは、この定格と停止を繰り返していました。前者の消費電力を1、後者を0とすると大雑把には平均0.5を消費していたことになります。これに対してインバータ適用エアコンでは、最初に冷やす所は同じですが、その後は約50%定格回転数レベルで維持します。その時の消費電力は0.5の3乗ですから0.125です。実際に長時間使ってみると、1と0を繰り返すよりも効率的かつ快適であることが実証されました。実際の省エネ効果を計測するとだいたい30%という数字になりました。

他の製品の省エネ効果の数字も参考までに示します。使い方によって多少の差はありますが、冷蔵庫では約20%、新幹線を代表とする電車では約30%となります。照明についてはもっと効果が大きく、昔の白熱灯に対してパワー半導体が適用された蛍光灯の消費電力は80%減です。非常に大きな効果があることが分かります。最近は蛍光灯からより省エネであるLEDに置き換えられ始めています。LEDのエネルギー効率の良さはパワー半導体による効果ではなく、LED自身の耐久性と発光効率によるものです。LEDも以前は、耐久性は良くて長持ちするものの発光効率が悪かったのですが、最近では蛍光灯を超えて30%くらい省エネとなりました。蛍光灯の2倍は長持ちするのでダブルで省エネです。今、このコラムを書いている机のデスクライトもLEDです。すごく明るくて快適ですが消費電力はたったの6Wです。

さて、このようにパワエレにより省エネが進みましたが、すでに適用済の製品の改良については頑張っているものでも5-10%レベルであり、意味はあるものの大きなインパクトはありません。大きな省エネ効果を出そうとしたら、これまで適用されていない分野に拡張していくしかありません。そこで目が付けられているのが内燃機関を適用している製品群です。もっとも身近なのがガソリンあるいはディーゼル乗用車の電気自動車化(EV化)です。非常に大きな市場です。乗用車に比べると小さな市場ですが、歯車を使って回転数を一定にして発電をしていた装置群について、歯車をパワエレに置換してダイレクトドライブ化する流れもあります。代表例として航空機用などの発電機があります。加えて、発電出力が変動しやすい再生可能エネルギー分野への適用も盛んです。

以下、内燃機関のEV化に焦点を当てますが、EV化すれば即省エネかというと話はそれほど単純ではありません。ガソリン乗用車にせよ、ディーゼル乗用車にせよ、内燃機関の熱効率は長年にわたる技術者の努力によって向上し、今日では50%超のレベルに達しました。渋滞の多い都市部では効率は落ちますが、巡航運転が可能な地域では高い効率を示します。火力発電で作った電力でEVを走らせるよりも効率が良くなる場合もあるのです。数字で見てみましょう。

火力発電所の発電端効率は、大型ガスタービンの60%超という例外を除くと平均的には50%程度です。仮に送電損失が約5%であり、蓄電池の充電効率、放電効率が90%、インバータ効率が97%、モータ効率95%だとしても、エネルギー効率は約37%まで下がります。最新内燃機関の50%と比べて見劣りします。都市部では優位性があるでしょうが、総合的にみてEVに省エネ効果がある、CO2低減に効果があるとは言いにくい状況です。

電力生成を火力発電ではなく、太陽光発電や風力発電という再生可能エネルギーに置き換えると話は変わります。風力発電、太陽光発電はともに気まぐれな自然を相手にしており、出力や周波数も変動しやすくそのままでは通常の電力網に組み込むことは出来ません。しかし、ここでパワー半導体が絡むことにより良質な電力に変換することが可能となります。エネルギー効率向上、CO2低減のために火力発電を減らして自然エネルギーの活用を増やそうとすると、自ずとパワー半導体を多用することになるということです。ESGが叫ばれる今日の成長分野である所以です。

現在、パワー半導体としてはシリコン系のIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)が主力です。パワー半導体には固有のトリレンマがあります。それは、スイッチング損失に直結するオン抵抗、スイッチング周波数および耐電圧の間のトレードオフです。特にオン抵抗と耐電圧は完全なトレードオフ関係にあり、シリコン系は耐電圧が低いため、耐電圧性を高めるために直列化して使うとオン抵抗が増えて損失が目立ち、限界が見えてきました。代替候補として出てきたのが炭化ケイ素SiC、窒化ガリウムGaNおよび酸化ガリウムGa2O3です。

SiCに焦点を当てると、Siと比べてエネルギーバンドギャップが高く、耐電圧性は1オーダー近く上がります。オン抵抗は1/100以下となります。しかも耐熱温度はSiの約2倍あります。現在のEV化におけるSiCパワー半導体の活用方法は、Si-IGBTの置き換え的な使い方です。つまり、同じ耐電圧の時にオン抵抗が低いという長所を使い、発熱を抑制し、冷却システムを簡素化、小型化して軽量化や低コストを達成するというアプローチです。EVの代表的存在であるテスラモデル3や新幹線の最新型N700Sでの適用はこの範囲の使い方です。新幹線ではSiCの適用により、コンバータ・インバータをいれたモジュールの体積が半分となり、搭載が容易になるとともに空いたスペースに蓄電池を入れて更なる省エネが出来るようになりました。

この使い方はもちろん有用ですが、その能力を使い切っているとは言えません。より高圧大電流、高温環境で使用できるポテンシャルがあります。今はまだ、SiC周辺部品などの耐熱性や放熱性が不足しているのでその能力を十分には発揮できる状況にありませんが、それらの問題が解決されると次の段階に進むことになるでしょう。

SiCの普及に関しては製造コストが高いという大きな問題があります。特にウエハの価格が高い。現状、パワー半導体用のシリコンウエハと比べると価格が10倍以上です。高い理由は、シリコンウエハは液相からFZ法(Floating Zone法)により製造できるのに対して炭化ケイ素ウエハは気相でしか造れないことに起因しています。代表的な製造方法は昇華再結晶法です。2200-2300℃という高温閉鎖環境で炭化ケイ素材料を気化して造ります。成膜速度が遅いので生産性が上がりません。現在、米国、ドイツ、日本を中心として6インチウエハは量産化されており、8インチウエハも試験的に供給されるようになってきました。昇華再結晶法よりも生産性の高い方法として、同じく気相の製造方法ですが、シランガスとプロパンガスを供給しながら結晶を生成する高温CVD(Chemical Vapor Depostion) という製造法があります。この方法では昇華再結晶法の数倍から10倍程度の成膜速度にできますが、まだ、量産段階には達していません。

日本の自動車メーカではSi系IGBTで十分であり、SiCまで進む必要がないと考えている節があります。それは出力が100KW以下、耐電圧も600V級と低いためでしょう。これならばSiCを適用するメリットはあまり感じられないと思います。これに対して欧米の高級車クラスでは出力は300-600KWであり、耐電圧は1KV級です。耐電圧が上がってくるとSiCを使いたくなると思います。

現在、世界のEVの中で最も売れているのはテスラ車です。新型コロナによる売れ行きへの影響が殆ど無かったのは驚異的です。他の自動車メーカは皆、30%以上売れ行きが落ちているからです。SiC適用実績を積むことを通して、テスラのEV車はさらに良い仕上がりになっていくでしょうから、日本の自動車メーカには脅威だと思います。

SiCの次を見ていきましょう。ガリウム系パワー半導体については、まだ研究中で量産化はまだこれからの状況です。窒化ガリウムGaNについてはSiCと同様、気相での製造法であり、現状はSiCの数十倍のコストです。コスト的に私が注目しているのはむしろ酸化ガリウムGa2O3です。この材料は、SiCよりも耐電圧が高く、しかもオン抵抗も数分の一まで下がります。最も魅力的なのはウエハの製造を液相からできることです。製造技術が成熟するとSiCを脅かす存在になっていくでしょう。 これからしばらくの期間、パワエレは乗用車のEV化で多忙と思います。しかし、乗用車の先には大型商用車への展開があるでしょうし、さらにその先には航空機用への展開もあるでしょう。その際には前述したように、パワー半導体の潜在力を充分に引き出すための周辺技術の成熟が求められます。また、放熱技術や熱マネジメントが益々重要になってくるでしょう。熱の問題は、ここで述べたパワー半導体周辺だけではなく、モータ周辺やバッテリー周辺にも広がっていきます。製品システム全体で熱をマネジメントするための総合的なインテグレーションスキルが鍵となるでしょう。そのためには、異分野の専門人材の知恵を活かす仕掛けが最も重要です。貴社は異分野の技術者達の力をフルに引き出す仕掛けをどのようにして構築しますか?

参考文献

  1. パワーエレクトロニクスとその応用 省エネ・エコ技術、岸敬二、2008
  2. 次世代パワー半導体実装の要素技術と信頼性、菅沼克昭、2016
  3. 特集「ハードエレクトロニクス 超低損失パワーデバイス技術」、FEDジャーナル Vol.11 No.2, 2000