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製品進化とマネジメント風景 第54話 プラスチックにおける難燃化と環境性の両立マネジメント

脱炭素という言葉が頻繁に使われるようになってきました。工業製品において脱炭素が求められる対象は大きく2つに分けられます。1つは製品の運用段階におけるエネルギー消費に関するものであり、もう1つは製品の製造段階で使用するエネルギー消費に関するものです。後者には、製品を構成する材料を製造する段階でのエネルギー消費も当然含んでいます。

人間が使用する材料は、セラミック材、金属材、プラスチック材および自然材料に分類できます。重量ベースで使用量が最も多いのはセラミックであり、次いで金属材という順番ですが、20世紀後半からの成長率No1はプラスチック材です。成長した理由をシンプルにいえば、成形性が良く、安くて軽かったからです。

プラスチック材の原料は、最近では植物ベースのバイオ材料や貯留したCO2ベースのものが注目を浴びていますが、基本、化石燃料です。ただ、CO2排出量としては燃料の燃焼によるものが圧倒的であり、プラスチック材からの排出は僅かです。とはいえ脱炭素という言葉が一人歩きしはじめると、化石燃料由来の炭素がたくさん入ったプラスチック材がやり玉に挙げられる可能性が生じます。しかし、これは間違った評価だと考えます。なぜなら、プラスチック材はその軽量性によって、CO2排出低減に非常に大きく貢献するからです。ある意味、毒を以て毒を制す的な感じですが、CO2排出低減をさらに進めるためには、どうしてもプラスチックの力を借りる必要があると考えます。似非科学的な話が出てきたら、都度、断固とした態度で否定していく必要があるでしょう。

プラスチックがCO2低減に貢献する例として自動車をあげます。乗用車でもバス、トラックなどの商用車でもEV化に向かっています。再生可能電力に余剰が出るようになるまでの道のりは遠そうですが、進む方向は妥当と考えます。とはいえ、当分の期間、自動車を駆動するエネルギー/燃料については紆余曲折が予想されます。1つだけ確かなことは、石油以外のどのエネルギー、燃料を使用したとしても、石油と比べてエネルギー密度が低く、ゆえに走行距離を維持するには車体を軽量化する必要があります。そのため、自動車のEV化が進むほど、軽量化のために炭素を含むプラスチック材の使用量は増えることが予想されます。

空飛ぶクルマが話題になるようになりましたが、空を飛ぶモノは地上を走るモノ以上に軽量化の影響が大です。ジェット機が生涯を通して排出するCO2量は、運用中に9割方が排出され、製造時は1割程度です。現在の電動化技術では大量航空輸送を実現できないため、化石燃料を使わざるを得ません。よって、運用中のCO2低減する必要があります。最も有効な対策は飛行機の軽量化であり、金属材から炭素繊維強化プラスチック材などへの置き換えが継続的に実施されています。プラスチック化による軽量化効果が生涯CO2排出量を大きく低減するため、製造時にエネルギー投入が多めでも意味があるということです。

類似の文脈として風力発電のブレードがあります。発電出力が小さいうちはガラス繊維強化プラスチックで事足りていましたが、大出力化のためにブレード長が100m近くなってきたため、ガラス繊維では強度が足りず、今では炭素繊維が使われています。炭素繊維は製造時に大量のエネルギー投入が必要ですが、風力発電にそれを適用することにより、製造時のエネルギーを大きく上回る量の自然エネルギーを発電・供給することが可能となります。よって、これは許容されるべきです。

飛行機や大型風力発電に比べると、自動車や電車では、製造時におけるCO2排出比率が上がります。よって、炭素を含むプラスチック材や電力消費量の多い材料である炭素繊維、チタン、アルミニウムを無造作に使うことは出来なくなるでしょう。極力リサイクルすることを目指す必要はありますが、運用時の効果が大きいならば、その使用は許容されるべきでしょう。

ここまで、プラスチック材は安くて軽いという点を強調してきましたが、脱炭素以外にも課題があります。今日は、その中の1つである燃えやすさを議論します。プラスチックは一種の炭素材料ですから燃えやすいのは宿命です。1970年代の米国において、プラスチック製テレビの火災事故が多発したことから難燃性という考え方が重視され、難燃剤を加えて意識的に燃えにくくするようになりました。ただし、同じ炭素材料でも炭素繊維のように燃えないモノもあります。プラスチックの中でも、非常に燃えにくく難燃剤の投入が不要のタイプもあります。「燃えやすさ」という言葉は曖昧なので、定量化する必要があります。その指標として最初に挙げられるのが酸素インデックスです。これは大雑把な評価指標として便利です。

酸素インデックスは、対象の物質が燃焼を継続できる最低の酸素濃度の示す指標です。大気の酸素濃度は21%程度であり、酸素インデックスが21以下の物質は大気中で燃え続けることを意味します。これに対して酸素インデックスが32を超えるレベルになると難燃性を持ちます。酸素インデックスが21以上32以下では燃えても短時間で消えます。今日の標準的な考え方では、酸素インデックス32以下のプラスチック材については難燃剤の投入が必要とされています。

難燃性の評価はかなり難しいものですが、世の中に最も浸透している評価方法はUL94規格です。前述の米国のテレビ火災を契機に規格が見直されました。それまでは燃焼試験のメインは水平燃焼式でしたが、これが垂直燃焼式に変更されました。同じ垂直試験でも限界酸素指数試験(LOI)は上方点火式ですが、UL94では最も厳しい下方点火式が採用されました。下方点火式というのは、モノの下に火を付けるということであり、上側が加熱されて燃えやすくなるため、厳しい評価であると分かります。UL94における指標はHB<V-2<V-1<V-0<5Vの順で難燃性が高いとされます。現在の市場はV-0を求める傾向があるようですが、その妥当性については後述します。

スーパーエンジニアリングプラスチック(PES, PPS, PAI, PEI, PEEK, PIなど)や液晶性プラスチック(LOIなど)は、難燃剤を付加しなくても既にUL94のV-0レベルの難燃性を有しています。よって、難燃化が必要なのは、汎用プラスチック、エンジニアリングプラスチックおよび熱硬化性プラスチックに限定されます。

では次に、難燃剤にはどのような種類があり、どのようなメカニズムで難燃効果を発揮しているのか、また、どのタイプのプラスチックと相性が良いのか、これらをみていきましょう。難燃剤は、市場に出回っているもので分けると大きく4つに分かれます。臭素系、リン系、無機酸化アンチモン系および無機水酸化系です。

臭素系は少量添加で効果があり、基材強度への影響も少なく、しかも低コストです。ただし、ハロゲン系であることから、化合物によっては人体に毒として蓄積される恐れがあり、規制により厳しくモニターされています。それにも関わらず、難燃効果が高いため、この数十年間、ずっと成長を続けています。臭素系では、燃焼反応を推進する気相のOHラジカルをトラップすることにより難燃化します。三酸化アンチモンと併用すると、ハロゲン化アンチモン等の生成物により、酸素希釈効果と酸素遮断効果の両方が発現するため相乗効果を生み出します。臭素系難燃剤と相性の良いのは、エポキシを代表とする熱硬化系樹脂と、熱可塑系の汎用プラスチックです。

リン系の難燃剤は多様ですが市場シェアが大きいのはリン酸エステル系です。リン酸エステル系はさらにモノマー系と縮合系に分かれます。別の切り口として、非ハロゲン系とハロゲン系という分類があります。リン系の難燃効果は臭素系に対して劣りますが、ノンハロゲン化の流れに支えられ、特に非ハロゲン系の縮合型はエンジニアリングプラスチック、エポキシ樹脂、合成繊維に展開されています。燃焼が始まった時、リン酸相が不揮発性の固相となって酸素を遮断することにより難燃化効果を発揮します。リン系難燃剤と相性が良いのは熱可塑系のエンジニアリングプラスチックです。

無機酸化アンチモン系としては、三酸化アンチモンと五酸化アンチモンがあります。基本的に臭素系の助剤として最も高い効果を発揮しますが、どのプラスチックと組み合わせても一定の効果を発揮できます。アンチモンはレアメタルの一種であり、しかも生産国が中国一国に集中しているため、価格変動が大きいという問題があり、代替が検討されています。

無機水酸化系としては、水酸化アルミニウムと水酸化マグネシウムがあります。どちらも吸熱と脱水による蒸発潜熱によって樹脂を冷却し、燃焼を止める効果を発揮します。ただし、大量に入れないと効果が出ないため、通常、基材と同等かそれ以上を投入します。その結果、基材の機械特性やリサイクル性を悪化させる場合があります。しかし、ノンハロゲン系であるため臭素系の代替として、ポリオレフィン、ゴム、熱硬化樹脂、ポリ塩化ビニルなどに幅広く適用されています。

難燃剤は我々を火事から守ってくれますが、一方で健康を害する場合もあるので、規制が少しずつ厳しくなってきています。まず、国連採択による規制であるPOPsからみていきましょう。これはPersistent Organic Pollutantsの略であり、残留性有機汚染物質を規制対象としています。元々、PCB(ポリ塩化ビフェニル)やDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)、ダイオキシン類といった塩素系の有害物の規制から始まりましたが、同じハロゲン系である臭素系難燃剤にも規制が広がりました。具体的には、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル/臭素数4―7)、HBCD(ヘキサ臭化ジフェニルエーテル)、DecaBDE(デカ臭化ジフェニルエーテル)などです。

次が欧州の規制であるRoHS指令です。これはRestriction of Hazardous Substancesの略であり、和訳すると有害物質使用制限指令となります。最初は鉛、水銀、カドミウム、六価クロムおよび臭素系難燃剤であるポリ臭化ビフェニル類(PBB)およびポリ臭化ジフェニルエーテル類(PBDE)の6項目が規制対象でした。最近、相溶性可塑剤であるフタル酸系の4項目が追加され10項目となりました。プラスチックは基剤に、難燃剤以外にも、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収材、着色剤などを付加しますので、これらのどれかに規制対象があるとOUTになりますので注意が必要です。

最後がREACH規制です。これはRegistration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicalsの略であり、EU規制です。RoHSもREACHもEU規制ですが、グローバル化が進んだ世の中では、どこかが規制を設定するとそれに同調せざるを得ません。「世の中は少数の不寛容な者が設定したルールに支配される」という理論があります。これは数学的には証明されているようですが、現実の世界でもいくつも事例があり、全くそのとおりだと思います。EUは上記の規制だけでなく脱炭素の規制でも世界をリードしており、規制を通して世界を変えようとしているように見えます。規制対応に先行して取り組むことにより、産業競争力を高めようという下心も少し伺えますが、進む方向として悪くはなく単なる金儲け主義よりずっと良いので、この流れに同調せざるを得ないだろうと思います。

以上を整理すると、人の健康を害する難燃剤は論外としても、難燃剤の付加は火災リスクを低減するものの、強度や耐久性に悪影響を及ぼす場合があることが分かりました。機能剤の立場では、競争軸を単純化して1つのスペックの優位性で売り込みをしたくなります。しかし、今の時代は大抵のモノは入手できる時代でなり、1つのスペックだけで付加価値を競うと値下げ競争に巻き込まれます。消費者は勝者になるでしょうが、生産者は下手をすると全員敗者になってしまいます。これを回避する手段は、モノとサービスを組み合わせ、顧客の立場になって価値を多様化し、単純な比較、単純な価格競争を避けることだと考えます。

つまり、たとえ素材や部品などの上流サプライチェーンにいたとしても、下流側の製品モジュール、製品システムおよび最終製品ユーザーの視点を持って自社の製品・サービスを開発・販売していく必要があるということです。製品とサービスの組み合わせを提供する相手は必ずしも最終製品ユーザーだけとは限りません。製品システムのサプライチェーンの一部にいる企業であっても、その顧客の価値、顧客の顧客の価値を考えて、製品だけでなくサービスを付加したビジネスを提供することが出来ます。

これを実現するには、自社の製品が実運用の中であるいはサプライチェーンの中で、どのように関わっているかを深く理解する必要があります。素材→部品→モジュール→製品システム→社会実装という流れの中で、個々の素材や部品や関連するサービスの価値がサプライチェーンの中でどう評価されているか、また、製品が社会実装されるとユーザーにより必ず新しい価値のあるニーズが発見されるので、これらをどうタイムリーにフィードバックしていくか。これらを考えて事業を進めていくのが重要な時代になったと考えています。当社は、このような複雑な相関関係を可視化し、発見を支援するツールとして価値連鎖図を持っています。貴社は、顧客価値が多様化し、競争軸が複雑化しつつある時代に、どのようにして付加価値を創り出していきますか?