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製品進化とマネジメント風景 第2話 マザーマシンとIoT時代のマネジメント

先日、知り合いのベテラン生産技術者と話をしました。その方曰く。「工作機械はコンピュータ制御が進んでユーザーフレンドリーになった。でも、複雑形状部品の高速加工ニーズは依然として高いので、マシンを馬車馬のように使う。そうすると、しばらくすると精度がずれてくる普通のマシンと、長時間使ってもずれない良いマシンに分かれる。良い機械は少し高いのだが、生産需要が高くて稼働率を維持できるならば、こちらの方が生産性は良い。また、多機能マシンは非常に良いのだが、単機能マシンに比べると頑丈性、ロバスト性に劣る」。

そうかと思いながら、今後のIoT時代において、工作機械へのニーズはどういう方向に行くのだろうかという疑問を持ちました。私は、こういう疑問を考えるとき、製品がどういうニーズの下にどう進化してきたのか、まずは歴史を振り返るアプローチを採ります。ここでも、少し、工作機械の歴史を振り返った上で、今後の方向性について考えたいと思います。

工作機械の歴史は古く、それこそ紀元前からその形跡はあるようですが、ここでは、産業革命前、産業革命後、20世紀以降の3つの区分で振り返ります。

産業革命前に出現した工作機械と言えば、旋盤と中ぐり盤と、旋盤に砥石を付けた研削盤の3つに絞られると考えて良いでしょう。どれも小規模で、熟練を要する技能中心のマシンでした。

産業革命と言えば、ジェームス・ワットの蒸気機関が最初に出てきます。ワットの蒸気機関も、最初は加工精度が悪すぎて要求を満足せず、実現できなかったとのことです。しかし、有能な技術者であるジョン・ウィルキンソンとの出会いにより、必要な加工精度を得て、ようやく実現しました。少し大げさな表現を使うと、工作機械の進化があったからこそ、18世紀後半というタイミングで蒸気機関が実現でき、産業革命に繋がったということです。そして、蒸気機関が製造できるようになると、この機関が工作機械の動力になり、相乗効果が始まりました。

工作機械はマザーマシンと言われますが、それは自己増殖をするからです。1つ良い工作機械が出来ると、それを基により大型あるいは小型の工作機械を作れるようになる。また、工作機械により、他の製品のための機械要素を製造できるようになる。他の製品のための機械要素は、その後、自分自身を改善するのに使えることが分かり、適用され、さらに能力が向上する。そうすると、より精度の高く、高速の加工が出来るようになる。その結果、新たな加工精度を前提とした高性能の製品が設計され、製造されるようになる、と言った具合です。

一度、優れたマザーマシンが出来ると、それはその発明者、製作者の意図を超えて広がっていくことを歴史は示しています。

イギリスで発達した工作機械技術は米国に渡り、新たな進化を遂げます。まず、米国はイギリスと比べて広大な土地であるという要因もあって、部品の互換性が重視され、標準化が進みました。それまでは、部品を交換して製品を使い続けるという概念は薄かったので、部品交換して製品ライフサイクルを全うするという考え方は1つのパラダイム変化でした。そして、工作機械も、部品交換しながら使い続けられるようになりました。その後、旋盤を改良して、フライス盤が発明され、これにより平面の加工精度が大きく向上しました。

その頃になると、工作機械の需要は高まり、酷使されるようになります。従来の工具ではすぐに使えなくなるので、より硬く耐久性の高い超硬工具を使いたいというニーズが増してきたようです。しかし、当時、工具用の硬い材料の加工は出来ませんでした。この需要に応えるようにタイミング良く、精密研削盤が発明されました。

丁度、20世紀になった頃です。その結果、超硬工具を加工できるようになり、高速加工、重切削が出来るようになりました。精密研削盤により、測定工具も造れるようになり、加工精度の検査、保証をできるになりました。また、精密研削盤によって、製品の部品の精密加工も実現できるようになりました。

20世紀もしばらくすると、電気の使用開始に加えて、石油が供給されるようになり、自動車産業が興りました。その自動車の心臓は、内燃機関であるピストンエンジンですが、このピストン、シリンダーおよびピストンリングが機能するには、従来を超える精密な加工精度が必要でした。しかし、前述の精密研削盤がタイミング良く実用化されたので、これを実現することが出来ました。ワットの蒸気機関と同様、フォードの乗用車は、さらに言えば、ライト兄弟の飛行機も、工作機械の進化があったからこそ実現できたと言って良いでしょう。

その後、工作機械は、電動モータや油圧技術に加え、電子回路の力を借りながら精密な自動制御の方向に進化していきます。さらにマイクロプロセッサMPUの発明によって、ソフトウェアを用いたコンピュータ制御に進みました。そして、多機能化とユーザーフレンドリーなインターフェースを提供する方向に進んできました。他方、精密加工、微細加工へ向かう流れも生じました。微細加工は主に半導体産業と繋がっています。

21世紀の今、個人レベルで相互通信が出来るようになるというブレークスルーが起こりました。これは、機器と機器の相互通信が可能になったという意味でもあり、IoT時代の始まりの時期と言えるでしょう。工作機械の分野でも、加工時のデータを取得し、その分析をして加工にフィードバックするという知能化が始まっています。一方、3次元CADデータを通信で簡単にやり取りできるようになったことから、これまでの除去加工に加えて、プラスチックで使われていた付加加工Additive Manufacturingの金属への適用が加速され、付加加工と除肉加工を組合せた成形法も検討されています。

ここでIoTの本質は何かを考えてみます。それは、自社あるいは自社を含むバリューチェーン内部において、相互通信によって、持っているリソースの状況をリアルタイムに把握し、リソース最適化を行い、スループットあるいは顧客のライフサイクル価値を最大化することと私は考えています。そうすると、自然な流れとして、需要があれば、会社は持っているリソースを24時間、365日稼働させる方向に向かうだろうと思います。人間には休息が必要ですが、マシンは壊れることはあっても疲れを知りません。よって、自動化マシンあるいはロボットがどんどん増えていくでしょう。

冒頭のベテラン生産技術の話に戻ります。IoT時代では、需要さえあれば、計算アルゴリズム(AIかもしれません)は、リソースが供給できる最大スループットの状態を計算し、その状態で稼働を持続するでしょう。マシンの故障は事前に探知できるのでしょうが、高負荷稼働が続くと、マシンの頑丈性、ロバスト性がボトルネックとして現れてくることが予想されます。従来のような大量生産であれば、ラインを作り、そこにロバストな単機能マシンを並べて製造する方法に優位性があり、今後も有効であるように思えます。

一方、ドイツのインダストリー4.0が提唱しているようにマスカスタマイゼーションになるならば、大量生産のやり方は通用せず、ロバストな多機能マシンあるいは多機能ラインが欲しくになります。IoTを活用した仕組みを構築するまでは、ICT分野が注目を浴びるのでしょうが、コモディティー化も猛烈スピードで進むでしょう。つまり、誰もが似たようなシステムを使うようになるのではないでしょうか。そして、いざ稼働が始まると、需要されあればシステムは最大スループットを目指して動き、結局、マシンの耐久性がシステムのボトルネックになるのではないでしょうか? その結果、マシンそのものの良さが再びクローズアップされるようになるのではないでしょうか? 

貴社は、大量生産派ですか、マスカスタマイゼーション派ですか? それともどちらにも対応する柔軟派ですか? どれを目指すにせよ、従来と比べると、より広範な分野の専門人材の知恵を集めて統合する必要があることは確かです。その際、貴社は、どのようなマネジメントの仕掛けを使っていきますか?

参考文献

  1. 工作機械の歴史 L.T.C.ロルト 1989年
  2. 日本のものづくりを支えたファナックとインテルの戦略 柴田友厚 2019年