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製品進化とマネジメント風景 第72話 半導体不足時代の対応マネジメント

昨今、半導体不足問題が、新聞や雑誌でしばしば言及されています。不足の影響によって半導体製造装置の発注が相次ぎ、この分野のメーカは儲かって笑いが止まらないようです。

上手い話は長く続くものではありませんが、最初に、なぜ、半導体不足が起こっているのかを考えてみます。色々な人が色々な事を言っています。「既に知ってるよ」という方もいるでしょうが、ここから引き出せる教訓というか深い学びもありますので、あえて本コラムでも取り扱うことにしました。

半導体不足が顕在化しはじめたのは2020年の秋以降と言われています。この時期といえば、思い当たる節が2つあるはずです。1つは、米国と中国の関係が冷え始め、その結果、米国が中国との半導体製品に関する輸出入規制を強化したことです。もう1つは、工場の操業にも大きな影響を及ぼしたコロナ禍の影響です。

米国の半導体規制によって、サプライチェーンの流れが変わりました。これまで米国が中国に発注していたモノが他国の企業に転注されました。転注先の代表例は、有名な台湾積体電路製造(TSMC)です。

TSMCは半導体ファンドリーと呼ばれていますが、どこにでもある委託先工場ではなく、世界で最も進んだ半導体総合製造企業とでも言うべき存在です。この企業だけではありませんが、他の半導体メーカに対しても発注が急増したわけです。

半導体は、需要が増えたからといって、急に生産立ち上げができる代物ではなく、最低、2年はかかると言われています。そこにコロナ禍の影響が加わりました。

コロナ禍は、企業のテレワーク需要と家庭の巣ごもり需要を生み出しました。テレワークでは、スマホとノートPCの需要増に加え、クラウドサーバの需要も増えました。巣ごもり需要も、ネットテレビの通信用半導体や大型テレビのディスプレイドライバの需要が増えました。

スマホ、ノートPC、サーバ用の半導体は、今の先端である300mmウエハを使う設備であり、ディスプレイドライバ-や車載専用チップ用は一昔前の200mmウエハを使う設備です。前者の方が後者よりも付加価値が高いことは分かっています。

もし、あなたが半導体製造企業の経営者ならば、付加価値の高い製品と低い製品の両方の受注が急増した時、どちらの製造設備に投資と人的リソースを集めますか? 企業の中長期戦略にも依りますが、普通の判断は前者ですよね。

もちろん、主たる顧客層が低い付加価値の製品を欲しているならば、顧客の意向に沿いたいと思うでしょう。しかし、付加価値の高い製品の引き合いが急増してきたらどうしますか? 

これまで、高付加価値製品の市場に入れなかった企業の目から言えば、千載一遇の機会が来たとも言えるわけです。低成長だが安定した顧客と、新規でリスクもあるが成長分野の顧客との間に挟まれ、悩むことになりそうですね。実際、車載用半導体は優先度を下げられて品不足となり、自動車の生産量は減り、納期も延びました。

コロナ禍はEコマースの需要も急増させました。陸海空のモノ輸送需要が増え、輸送面での人的リソース不足はかなり深刻となりました。そのため、半導体に限らず、ものづくりのサプライチェーンに結構な影響が出ました。モノが届かなければ、造れませんからね。ただ、モノ輸送の手段として、無人機を利用するという新しい事業が生まれつつあるのが興味深い所です。

ここでダメ押しのようにウクライナ危機が起こりました。その結果、半導体製造に必要な希ガスやレアメタルの供給が滞りはじめ、さらにLNGの価格が急上昇して電力不足、あるいは電力代高騰が起こってしまいました。

泣き面に蜂としか言いようがありませんが、泣いていても仕方がありません。変化の時代には、変化の波に乗ることも重要です。面白い話として、グリーン水素のコストがブルー水素のコストを下回りつつあるとのニュースが出てきており、理屈はともかく、コロナ禍もウクライナ危機も、脱炭素化を勧める触媒になっているようです。

さて、ここから半導体の市場動向をみていきます。2021年の市場規模は、5600億米ドルでした。その内訳は、ロジックICとメモリがそれぞれ約1550億米ドルと最も大きく、次いでマイクロとアナログが約750億米ドルです。ロジックICとメモリはいわゆるパソコン、スマホ、サーバ用であり、最も大きい市場です。マイクロやアナログは車用や産業用に使われています。

この次に来るのが光素子で430億米ドルです。最大用途はスマホのカメラ用です。スマホカメラは、以前は1つだけだったのに今では3つに増えました。需要が3倍になったわけです。

カメラの数が3倍になったことでカメラに入る光の量が増え、夜であっても人間の目が捉えるよりも明るい画像として認識できるようになりました。さらに、捉えた対象までの距離測定の精度が向上しました。

こう考えると、3つ目カメラは自動運転車に適用するための準備をスマホで実施していたのだと思えてきます。儲かっているスマホ市場において、まず、要素技術と量産技術を熟成させ、その後、スケールアップしていくという道を辿る作戦ではないでしょうか。

実際、安くて夜の安全性を高めるために3つ目カメラを採用する自動者メーカが出てきました。昼夜に加え、視界の悪い時などは3次元レーザーレーダ(Lidar)の方が探知精度は良いでしょうが、値段がかなり高くなります。個人的感覚ですが、Lidarは高級車に限定され、低価格車には複数カメラが採用されるのではないでしょうか。

次はディスクリートであり、約300億米ドルの市場規模です。ここにはパワー半導体が含まれています。今後、電気自動車EVの生産台数が増えれば、この市場も成長すると予想されます。

最後がセンサ市場であり、約200億米ドルです。半導体市場は山谷が大きいことで有名ですが、センサ市場は小さいものの、過去5年間を通して一度もマイナスになっていません。やはりIoT需要が旺盛ということでしょう。ここも、今後の成長が期待できそうです。

上記の市場動向から、やはり一番大きな市場であるロジックICとメモリに目が行きます。この市場の需要増で笑いが止まらないのが、半導体製造装置とその部材、消耗品を供給しているメーカでしょう。

半導体製造装置は、水平分業化が進んだ影響で、かなり細かく分業化、専業化しています。成膜、露光・現像、エッチング、洗浄、平坦化などの前工程と、ダイシング、パッケージング、検査などの後工程に分かれています。

ロジックICはまだ微細化が続いており、最先端の半導体製造装置の開発が続いています。その中で最も高額な装置はやはり露光の所でしょう。

微細化がここまで来ていない時は日本メーカもかなり強かったのですが、アルゴンArとフッ素Fの混合ガスを用いたレーザー光を使い始めた頃からオランダのメーカが強くなりました。そして、EUV(Extreme Ultraviolet Lithography)が量産される時代において、残念ですがかなり劣勢になってしまいました。

ただし、微細化が進むにつれて露光装置の価格が指数関数的に上がり始めてります。水銀を光源に使ったi線装置はベースとすれば、ドライArF線は4倍、液浸ArFは12倍、EUVではなんと40倍もの価格です。大きな顧客がいて、売れる事が分かっていなければ怖くて導入できない投資です。

これほど装置の費用が高くなると、大手メーカしか投資について行けなくなります。しかし、歴史を振り替えれば、このような一社独占の状況になると、必ずや全く別の発想に基づいた低コスト技術が考案され、大手メーカに対抗するベンチャー企業が出てくるものです。

露光装置の短波長化が進むと、そこに使用するレジスト材も新しく開発する必要があります。日本は、この手の材料分野で強い競争力を持っています。ただ、技術というのは、ほぼ確実に模倣される運命にあり、さらにEUV微細化が廃れれば一緒に廃れる運命共同体です。

半導体業界は、ご存じのように水平分業が非常に進んだ業界です。その昔、垂直統合的に半導体を設計・製造していた時代は、全体像を把握出来ている人が必ずいました。しかし、今、一部の部材、部品を供給するサプライチェーンでは、自分の事業領域は良く知っていても、全体を把握出来ている人はほとんどいません。これは業界幹部から聞いた話です。

今日、半導体製造の全体像を最も把握できているのは、おそらく、半導体ファンドリーだと考えられます。よって、本来、彼らは次の発展方向、変化の方向を見つけるベストポジションにいることになります。しかし、これも歴史的な話ですが、勝者は儲かる場所から動けずに衰退していくパターンを繰り返しています。果たして、微細化の次の局面で、彼らは上手く変化に対応できるでしょうか?

いくつかの半導体装置メーカや素材・部材メーカを見ていると、大手ファンドリーと運命を共にするつもりなのだろうかと思ってしまうことがあります。これに対して、半導体の購入者であるメーカなどは、半導体不足に業を煮やし、ファンドリーを1つ買うか、あるいは、自ら会社を作ってしまう勢いを持っている所も出てきました。

半導体といっても、最先端はともかく、20年、30年前の技術を使ったモノであれば、専門人材の協力を得ながら、数年間、忍耐強く頑張れば内製化できるのではないでしょうか。

大手の半導体ファウンドリーは、これらの内製組を潰そうと思えば潰せるかもしれません。しかし、おそらく大手は付加価値が低く、用途が限定された半導体は、やりたい企業に任せ、自分は付加価値の高い最先端モノに集中したいと思うのではないでしょうか。であれば、数世代前の半導体製品は今がチャンスかもしれません。

一般論としてのコストダウンにはいくつかの道がありますが、個人的には「内製化こそ、コストダウンの鍵」と考えています。

ですから、今後、自社に半導体ファンドリーを持ち、まずは自社用として、その後に競争力が増せば外販するという会社がポツポツ出てくるのではないかと推測します。この手の会社は、素材や消耗品についても、入手性が良いものは購入するでしょうが、入手性が悪いならば、やはり自ら内製化するのではないでしょうか。

100年に一度の変化は半導体事業にも影響を及ぼすでしょうから、是非、素材・部材メーカは視野を広くし、自分の分野だけでなく、全体を俯瞰する力を高めていく必要があると思います。

もし、自社のビジネスを中心とした全体像を俯瞰するスキル向上に興味があれば、当社にご相談ください。当社は、製品企画段階において、顧客価値を再定義し、その後の開発や事業の成功確率を飛躍的に高める方法を提供しています。