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製品進化とマネジメント風景 第66話 小型原子炉技術の進化と安全マネジメント

脱炭素の動きは急速に進み始めましたが、再生可能エネルギーだけで全世界をまかなえるようになるには、まだ数十年の時間が必要です。一方、COP26の結果として明らかになったように、発展途上国では当分の間、石炭による火力発電も続くことが決まりました。先進国は石炭の使用は抑制するとしても、石油や天然ガスの使用までは急に止めるわけに行きません。これからも大量のCO2が大気に放出され続けるということです。

よって前回コラムでは、空気中のCO2を直接回収するソリューションについて議論しました。興味深い技術ではありますが、CO2直接回収の効果が目に見えるようになるのは、かなり先になりそうです。

このような状況を考慮すると、再生可能エネルギーの供給量が増え、CO2直接回収によってCO2濃度上昇を調整できるようになるまでの数十年の期間、CO2を排出しない繋ぎ役のエネルギー源がどうしても必要だと考えられます。

その候補は原子力発電ではないでしょうか。もちろん、福島の大事故を経験した以上、あのような事故は二度と発生させてはなりません。一方で事故が皆無のシステムを作ることも不可能です。故に、仮に事故が発生しても小規模で限定的な被害しか生じないことが、今後の原子力発電の必要条件になるでしょう。

航空機産業では、事故を起こさないように最善の努力をしていますが、それでも希に発生します。事故が発生してしまった時は、その責任が事業、技術、品質保証のどこにあるかを明確にするとともに、その経験を活かして仕組みを見直して安全性を向上していくという考え方が浸透しています。

今回のコラムでは、まず、スリーマイル島、チェルノブイリおよび福島という人類が経験した大きな3つの事故を振り返り、事故の発生確率を大きく下げるためのポイントを考えます。原子力発電が仮に繋ぎ用途であっても、有害な核廃棄物を大量に排出するならば、いくら安全になっても持続可能とは言えないでしょう。廃棄物を減らすという視点も検討します。最後に、社会実装するには他のソリューションに対するコスト競争力が必要であり、この点についても検討します。

スリーマイル島の事故は、1979年3月28日、アメリカのペンシルベニア州スリーマイル島の原子力発電所の2号機で発生しました。事故の発端は、蒸気発生器に冷却水を送り込む主給水ポンプが停止し、また、機器の故障や誤操作が重なり、原子炉内の冷却水が減少して、事故に至りました。ただ、爆発はなく、建屋の損傷は軽微でした。

チェルノブイリの事故は、1986年4月26日、旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ村の原子力発電所で起こりました。この事故は、外部からの電力供給が止まった場合、タービン発電機の慣性の回転によって、どの程度、発電ができるのかという特殊な実験を行っている最中に発生しました。低出力において自己制御性を失い、最終的に爆発が生じて建屋が破壊され、放射能を大量に放出しました。

福島の事故は、2011年3月11日に、地震発生から約50分後の津波によって電源設備が損傷して冷却水の供給が停止し、事故が発生しました。第1発電設備では、加熱された水蒸気から水素が発生し、水素爆発により建屋が破損したため、放射能が大気に放出されました。ただ、地震直後は、全てが想定内であり、耐震性設計の安全性が実証されたことを記憶しておくべきでしょう。ただ、非常用発電設備が津波に曝される場所に設置されたことは明らかな失策であり、それを認めたのが事業責任者であれ、技術責任者であれ、責めを負うべきでしょう。

上記3つの大事故の全てに共通しているのは、電源喪失時に自己制御性を失って事故が発生したことです。特に、チェルノブイリと福島は、その後、水素爆発が生じ、長期間にわたって大量の放射能を大気に放出し続け、広範囲の住民に多大な被害を与えました。

これらの経験を総括すると、原子力発電を使い続けるならば、電源が喪失して冷却媒体を流すポンプが停止したとしても、温度上昇が構造物の許容限以内に収まり、安全に停止できることが最も重要な条件として挙げられるでしょう。対策として最もシンプルなのが小型化することです。

小型化すると安全になる理由を理解するには、発生する熱とその放熱の関係性を理解する必要があります。

通常、熱の発生は単位体積あたりの発熱量で考えます。これは、熱源が体積の中で一様に発生すると仮定していることを意味します。人間の身体で考えてみると、近似的には身体の中のどの部分も同等の熱量を発しているように感じます。厳密には違いますが、近似的には妥当なので、エンジニアは発熱密度という概念(単位体積あたりの発熱量)を使って計算します。

一方、放熱は単位表面積あたりの放熱量で考えます。ある物体の内部で発生した熱は、特別な冷却手段が無い限り、その物体の表面から大気に放熱する以外に道がないからです。

ここからモノの寸法、大きさによって、体積と表面積が劇的に変化することを事例で紹介します。

まず、一辺が1[m]の立方体を考えます。体積Vは1[m^3]、表面積Sは6[m^2]です。体積VFと表面積の比であるV/Sは1/6[m]となります。次に一辺が2[m]になった場合を考えると、体積は8[m^3]、表面積は24[m^2]、V/Sは1/3[m]。さらに一辺が10[m]になると、体積は1000[m^3]、面積は600[m^2]、V/Sは1.6[m]となります。

寸法が小さい時はVとSの比は1以下だったのが、寸法が大きくなると1を越えてきます。これは、体積は寸法の3乗で増えるのに、表面積は寸法の2乗でしか増えないことに起因しています。

この意味する所は、単位体積あたりの発熱量が同じの場合、小さいモノは発熱量に対して放熱して冷えやすいが、大きなモノでは放熱しにくくなり、冷えにくい。同じ温度に保つには強制的に冷却する仕掛が必要になることを意味します。

内燃機関も寸法が大型になるほど熱が逃げにくいので熱効率が上がります。また、製造コストは体積よりも表面積に比例する場合が多いので、やはり大型化するほど、発熱量あたりの製造コストは下がります。よって、初期の経済は確実に上がります。ただ、大型化すると保守点検費用が増えてくるので、ライフサイクルコストで比較すると逆転する場合もあります。

事業では通常、経済性が1番に来ますが、事が原子力になると最優先すべきは安全性です。それも地震、津波、テロ攻撃などによって電源が喪失した時でも自然の放熱だけで安全に停止できることが大事です。小型化すれば放熱をしやすくなるので、ある寸法になると、仮に事故が発生しても自然放熱だけでも安全に停止できる所に到達します。

安全な寸法を考える時に重要なのが冷媒です。これまでの原子炉は冷媒として加圧した水を使っていました。ご存じのように水は100℃になると気体になります。水は安くて良い冷媒ですが、たった100℃で気体になってしまう所に欠点があります。この欠点を抑えるために加圧するのですが、その結果、ポンプが必要となり、電源が必要となってくるわけです。

現在、水を冷媒とするPWR(加圧水)型の原子炉開発が進んでいます。PWRは最も経験の多い技術であり、そういう意味では信頼できますが、一方で電源が喪失した場合の安全性を本当に担保できるのか、その部分を分かりやすく説明していただく必要があります。

冷媒を水ではない沸騰しにくい媒体にすることにより、電源喪失時の安全性を確保しやすくなります。現在、最も実用化に近いのがナトリウム炉と鉛系炉(冷媒は鉛あるいは鉛・ビスマス合金)です。ナトリウムは沸点が880℃、鉛系は1700℃前後です。そのため殆ど加圧する必要がなく、電源喪失時を考えた時、水と比べて沸騰するリスクはずっと小さく、はるかに安全に自然対流だけで停止可能です。

ただ、ナトリウム炉も鉛系炉も問題が無いわけではありません。ナトリウムは水と激しく反応し火災の原因なります。そのため、ナトリウム炉では、まず炉心を冷却する第1ナトリウム冷却系があり、次にその第1ナトリウム冷却系を冷却する第2ナトリウム冷却系を用意します。そして、この第2ナトリウム系を水冷します。ここで水を蒸気に変え、蒸気タービンを駆動して発電するのですが、ナトリウム冷却系を2重にする必要があるので、構造が複雑となりコストがアップしやすい点に課題があります。

一方、ナトリウムは金属腐食を進行させないので、数十年間使用しても配管系が殆ど劣化せず、保守費を抑えられるという長所があります。

鉛系炉は、水とも反応しないので非常に安全です。そのため、ナトリウム炉のように2重系の複雑構造は必要なく、初期コストは抑えられます。そういう長所が強調されるようになりました。ナトリウム炉が実用化に向けて先行しているものの、低コストの強みを活かして鉛系炉が急速にキャッチアップしつつあります。

鉛系炉の課題は配管を腐食させやすいことです。そのため、保守点検費用がかかりそうです。ライフサイクルコストで比較すると、ナトリウム炉と鉛系炉のどちらに軍配が上がるか、現時点では不明です。

この2つのタイプは、どちらも電力中央研究所に所属していた服部禎男氏が1990年代に考案したものであり、2003年に米国関係者のバックアップもあって米国特許(US6944255)を取得しました。ただ、特許が出た当時は、多くの人が大型炉でも安全は確保できると信じていたため、経済性に劣る小型炉は実現しませんでした。

しかし、福島の事故を契機に風向きが変わり、また、脱炭素のエネルギー源がやはり必要なことから、小型のナトリウム炉、鉛系炉の開発が世界で進行中です。特に有名なのは、ビル・ゲイツが出資し会長をしているテラ・パワー社のナトリウム炉です。日立とGEによる合弁会社でもナトリウム炉の実用化を進めています。

ここで安全性についての最も重要なポイントについて触れます。小型システムの良い所は、実運用する前に、それが最悪のシナリオで破損した状況を試験で確認することができる点です。新しい製品や同じ製品でも経験者不在で久しぶりに製造する場合には、必ずといって良い程、想定していない壊れ方をするものです。

小型システムの場合には、運用前に試験を実施する設備があり、そこで想定外の最悪状況を把握できるので、問題点をコントロールできるようになり、安全性を向上できます。これに対して、大型化しすぎると、実際に壊す試験をできる場所がありません。ここに、大型化システムの安全面に関する根本的な問題があるわけです。

以上から、原子炉を小型化し、さらに冷媒を沸騰しにくい媒体を選ぶと、安全を確保した原子力発電が出来そうだと思えてきます。しかし、使用済み燃料という核廃棄物が大量に出てくるようでは、繋ぎ役であっても許容できません。ここからは燃料について見ていきます。

ウランは加熱すると水と反応しやすいという問題があります。そのため、水を冷媒とするPWR炉では、反応を抑えるために燃料をあえて酸化ウランにしてセラミックス燃料の形で使用する必要があります。しかしセラミックスは脆いため、温度の上げ下げによりクラックが生じやすく、その結果、3~5年で交換する必要があります。まだ、燃料が残った状態で交換されるため、放射性廃棄物がどんどん増えることになります。

これに対して、ウラン、プルトニウム、ジルコニウム合金の金属製燃料は、靱性が高く耐久力もあり、1980年代の時点で、既に30年以上運転できることが米国で実証されています。これは、燃料の有効利用に加えて放射性廃棄物を減らせるということを意味します。金属製燃料は、水が冷媒の場合には水素ガスが発生するリスクがあるため使用されません。しかし、冷媒がナトリウムや鉛系であれば水素が発生しないので使用できます。

さらに、ナトリウムや鉛系は導体なので電磁ポンプを利用できます。水ポンプは回転部や稼働部が必要であり、電力供給が不可欠ですが、電磁ポンプは導体が流れることで電磁力が働き、それが流れを作り出すため、ポンプ不要であり、メンテナンスフリーにもできる可能性もあります。水を冷媒にするシステムでは考えられないことです。

最後にコストについて検討します。本来、熱機関は大型化すればするほど、効率が向上し、単位発生熱量のコストは下がります。ゆえに経済性の面から大型化が指向されてきました。一方で、大型化しすぎると別の問題が出てきます。

大型化した場合、もし事故が発生すると大変なことになるため、安全性向上のためにどうしてもシステムが複雑化します。材料費などは大型化によりメリットが出ますが、設計費は増大します。また、モノが大きくなりすぎると、システム全体を工場で製造・組立して現地に持ち込むことが出来ません。保守も現地で実施せざるを得ず、その間、運転を止めなければなりません。

工場で製造できるものは、乗用車を見れば分かるように数が増えると生産性が向上します。よって、小型で沢山製造すると、どんどん安くなってきます。

原子力発電所はだいたい100万KW級(1GW級)が多いですが、これを1~5万KW級(10~50MW級)で置き換える案が検討されています。小型化してメンテナンスフリーにして大量生産し、さらに燃料をリサイクルまで考えると、小型炉は大型炉と戦える可能性があります。

あとはどこまで知恵を出せるかの競争ですが、新しいシステムは、既存のシステムの弱点を研究して挑戦する立場であるため有利であり、勝てる可能性が結構高いように思います。

航空機産業は人命を扱うため、製品開発はもちろん、技術開発段階から最悪を想定し、最悪どうなるかを試験検証しながら熟成させます。また、万が一にも事故が発生してしまった場合には、第三者機関が入って徹底調査し、責任の明確化と問題点を公開・水平展開します。その結果、事故率は激減し、今では自動車で移動するよりも安全と言われるまでになりました。 原子力発電も過去の経緯も考えれば、間違いなく人命を扱う製品です。その意味で航空機と同等の仕組みを適用可能です。IT化、IoT化は、生産を向上しますが、同時にブラックボックスを増やし、運用リスクを増やしそうです。そういう時、航空機産業における知見が役に立つのではないでしょうか?