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製品進化とマネジメント風景 第5話 油圧と電動の競争と共創のマネジメント

先日、油圧システムのベテラン技術系マネジャの方と話をしている時のことです。「最近は、電動システムの性能向上が進んできていて、油圧システムの領域を侵食しつつある。油圧でなければ出来ないこともあるけれど、少し危機感がある」と言っていました。私も職業柄、世の中の技術トレンドはモニターしていますので、電動システムの勢いの良さを感じていました。油圧システムのベテランの方の話を聞いて、油圧システム対電動システムの戦いの行方はどうなるのか興味を持ちました。そこで、少し調べて頭の中を整理することにしました。

油圧アクチュエータ原理はパスカルの原理であり、水圧の利用から始まりました。水圧プレスが発明されたのは1800年頃で、英国ジョジフ・ブラマーにより発明されました。工作機械で有名なヘンリー・モーズレーによって金属材料の加工精度が向上し、実現できるようになりました。この辺りは、以前のコラムで書いたワットによる蒸気機関の実用化と通じる所があります。一方の電動モータは、1832年、ウイリアム・スタージャンにより直流整流子モータが発明されました。

1880年代になると、直流整流子電動モータは路面電車として社会実装されました。直流モータは始動トルクが大きく、乗り物とは相性が良いのです。また、この時代に既に回生技術が利用され始めていました。これは、発電機と電動モータの可逆性を活用した技術ですが、この可逆性は他には見られない電気特有のユニークな強みです。直流モータの欠点はブラシで火花が発生すると、整流子やブラシが劣化し、保守・整備がかなり大変だったことです。この欠点を無くすために、二コラ・テスラが大変な苦労をして交流誘導電動モータを発明しました。誘導モータは、生まれたての頃は、始動トルクが弱く、扇風機、掃除機等の家庭用製品には適用されましたが、電車やクレーンには向かず、直流と交流の両方のモータが棲み分けながら使われていました。

一方の水圧プレスですが、1889年に開催されたパリ万博において、エッフェル塔に水圧エレベータが装備されて話題となりました。ただ、水は潤滑性が悪く、しかも鉄部品の腐食を引き起こしやすかったので、整備が大変だったようです。この時期、変圧器や交流発電機・電動機の進歩と普及が進み、水圧はその陰に隠れがちだったようです。

油圧も電動も、20世紀半ばに大きな飛躍の時が来ました。

油圧は、石油副産物としての作動油が安く大量に供給されるようになりました。油は潤滑性が良く、しかも金属の腐食を抑制する効果があります。また、やはり石油副産物として合成ゴムのパッキングが一般化しました。水から油への作動流体の転換により、油圧ポンプ、油圧バルブおよび油圧アクチュエータから構成される油圧システムの適用先は一気に広がり、工作機械、建設機械、プレス機械、船舶・航空機の制御および建築物の免震構造等に適用されるようになりました。油圧システムの大出力化、パワー密度向上は、高圧化とリンクしており、高圧化が進んでいきました。

電動も、半導体技術の発明とその進化により飛躍しました。半導体技術は電子制御を可能としましたが、同時にパワー半導体技術として電力制御の分野にも広がりました。この結果、直流整流子電動モータ分野では、整備上の問題であったブラシを無くしたブラシレス直流モータが実用化されました。また、コンバータ、インバータが開発されて交流の誘導モータ、同期モータ分野の精密な制御が出来るようになると、その優れた経済性から、コンピュータのハードディスクドライブのような小型のものから、中型の空調、大型の電車、工場の荷役設備まで、非常に幅広い用途まで広がっていきました。

そして、力を制御するアクチュエータの分野では、油圧システムと電動システムは競合しはじめます。ここでアクチュエータの市場を4つに分類します。文献1に従い、トルクが1Nmまでを小型、1~100Nmまでを中型、100~10万Nmを大型、10万から1000万Nmを超大型とします。電動は小型から超大型まで広く使われています。一方の油圧は中型から超大型で使われており、中型~超大型の領域で両者は競合しています。

油圧システムは、中型~大型の領域では、重量に対する出力を表すパワー密度、俊敏な動きを表すパワーレートが電動システムよりも圧倒的に高く、軽くて大きなパワーを必要とする機械では油圧が優勢です。ただし、永久磁石の分野でネオジム系磁石の発明によって、直流も交流も高出力化が可能となり、中型領域では差が縮まってきました。それでも、まだ、パワー密度で1桁、パワーレートでは2桁、油圧が電動に対して優勢です。

この差がなぜ生じるのかを少し考えてみます。

ポイントは重量なので、構造面を検討します。特に、力の伝達部に焦点を当てます。油圧システムは、力を油圧シリンダーにより伝達します。一方、電動システムでは、リンク機構、減速機/増速機の歯車を含め、メカ機構的に伝達します。油圧シリンダーでは、力は面に分散されてかかります。メカ機構では、力は点接触や線接触を通して伝達されるので、接触部の応力はかなり高くなります。使用される材料はコスト面の配慮から、主に、同じ鉄系材料が使用されますので、メカ機構では応力を下げるために、油圧部品と比べて肉厚を厚くした部品を使わなければなりません。よって機構部品が重くなります。重い部品を支えるためには周辺の静止構造部品も重くする必要が生じ、結果として全体がかなり重くなります。このため、電動は油圧よりも重くなる傾向があるのだと言えます。

その後、世の中は少しずつ、環境性と経済性の両面を求める方向に変わり、燃料のエネルギー効率が気にされるようになりました。電動システムは、インバータの使用により、必要時に必要なエネルギー消費を出来るようになり、エネルギー効率は大きく向上しました。これに対して油圧システムには、非効率な部分がかなり残っていました。その当時のシステムでは、力仕事の負荷が低い時でも、駆動源は定格回転数で回っており、エネルギーを無駄に捨てていました。特に駆動源がディーゼルエンジンの場合に、その傾向は顕著でした。しかし、この欠点を改善するために、油圧サーボバルブの制御に電子制御が持ち込まれ、その結果、駆動源と可変容量の油圧システムを協調制御することが可能となり、エネルギー効率は大きく改善しました。つまり、油圧システムは、電動システムの良い所を取り込み始めたのです。

必要容量を満たす電源が近くにある場合には、通常、油圧システムの駆動源には、ディーゼルエンジンではなく、電動モータが使用されます。従来の油圧システムでは、駆動源が油圧ポンプを回して昇圧し、油圧サーボバルブで調整し、油圧モータあるいは油圧アクチュエータを駆動するのが基本パターンでした。油圧サーボバルブの強みは、これを多段にすると、小さな力で大きな力を制御できる点ですが、それほど大きな力の制御が必要でない場合には、バルブでの圧損、バルブの複雑構造ゆえの整備費用などが重荷となってきます。そこで、制御性の良いインバータを用いて電動モータを駆動し、油圧ポンプを直接制御して必要な油圧を供給するという、油圧サーボバルブ抜きアーキテクチャーが実用化され始めました。これも、油圧システムが、電動システムの長所を取り入れた例と言えるでしょう。

さらに、電動システムのパーツになる2次電池やキャパシターにおいて、蓄電エネルギー密度が向上し、価格も下がってきました。その結果、エネルギー効率改善のために、電気特有の回生を使い、捨てる電力を回収し、それを動力として使い、さらに一段、エネルギー効率を上げることができるようになりました。油圧システムにも、アキュムレータという油圧を貯めておく装置はありますが、電池やキャパシターと比較するとその柔軟性は劣ります。そこで、油圧システムは、従来油圧モータ等で駆動していた部分のうち、電動化が可能な部分は電動モータ化し、回生を使ってエネルギー効率を向上する方向に進みました。油圧システムは、自身の強みを維持しつつ、競争力の弱い部分について電動システムを取り込んで置換したのです。

今の所、油圧システムが電動を取り込む場合が多いようですが、電動システム側についても、減速機、増速機など、大きくて重くなりやすいメカ機構部分を可変容量型の油圧システムで置き換える動きが出てきました。

油圧と電動は、競争を超えて共創の時代に入っているのだと思います。私は、「共創」こそ、今の時代のキーワードだと考えています。ただし、共創を進めるためには、自社の成功体験に基づいた固定化された仕事のやり方に固執していてはうまく行かないでしょう。柔軟性が必要です。ただ、柔軟性と一言でいいましたが、具体的にそれは何でしょうか? どうやったら柔軟になれるのでしょうか? 急になれるものではありません。方向性を持った継続的な取り組みが必要です。貴社は柔軟な会社に変わっていくためにどのようなマネジメントを行いますか? 

参考文献

  1. 油圧技術の動向と展望 坂間清子 KYB技報 第56号 2018年
  2. 油圧と空気圧のおはなし(改訂版) 辻茂 2002年 
  3. 発電機・電動機の歴史と今後の展望 田里 誠ほか IEEJ. Trans. FM. Vol.124. No.8 2004
  4. モータの不思議と更なる可能性の探求 見城尚志 第7回 2016年