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製品進化とマネジメント風景 第78話 産業素材における脱炭素マネジメント

環境省と国立環境研究所が共著として発行した2020年度の温室効果ガス排出量の結果を見ると11億5000万トンを排出しています。2013年度の排出量は約14億トンであり、そこから右肩下がりで排出量は減っています。

そういう意味ではコロナ禍の影響だけでなく、日本全体として排出量を減らそうという努力が結果に表れていると思います。

温室効果ガスといえばCO2を思い浮かべますが、それ以外にもメタン、一酸化二窒素および代替フロンがあります。ただ、全体の9割はCO2であるため、ここから先はCO2のみ焦点を当てて話を進めて行きます。

2020年度の排出量を部門別にみていくと、筆頭は産業部門であり34%を占めます。次いで運輸部門の17.7%、サービス業の17.4%があり、その後に家庭部門の15.9%、エネルギー転換部門の7.5%が来て、最後が非エネルギー起源CO2の7.4%となります。

全部門に対してCO2排出低減の圧力が掛かるのですが、その中でも最大シェアの産業部門については当然、プレッシャーは強くなります。

産業部門の中ではどこの排出量が大きいかを見ていくと、1番は製鉄業、2番は化学工業であることが分かります。ただ、1番と2番を比較すると、1番の製鉄業は2番の化学工業の約3倍のCO2を排出しており、圧倒的と言える存在です。単独で全体の14%の排出をしているのです。

当然、製鉄業への脱炭素化へのプレッシャーは強くなる一方です。そこで、今回は、製鉄業の脱炭素マネジメントについて、日本と欧州の取り組み、マネジメントを概観したいと思います。

製鉄プロセスは大きく高炉と電炉に分かれます。高炉において鉄鋼石から製鉄する場合、酸化鉄から酸素を取り除く還元工程で石炭を用いるため、製鉄1トンにつき、約2トンのCO2が発生します。

石炭を用いるのは還元剤としてのCOを使うからです。つまり、別の還元剤を使わない限り、必ずCO2は発生してしまうということを意味します。ただ、製鉄における炭素の存在は悪いことばかりではなく、良い面もあります。それについては後述します。

一方の電炉ですが、元々は鉄のスクラップからリサイクルを行う方法として普及しました。ですから、前提としてスクラップとなる鉄が存在していることが必要条件です。名前の通り、電力を使って発熱させてスクラップを溶かします。

火力発電の電力を使用する場合にはCO2排出をするのですが、例えば太陽光発電の電力を使えば、CO2排出ゼロと主張することも可能です。電気代の安い米国ではこれが主流であり、欧州でもかなりのウェートを占めています。

高炉よりも電炉の方がCO2排出量はかなり低いため、そこだけに着目すると脱炭素時代の製鉄方法は電炉だろうと思えてきます。ただ、電炉はスクラップベースなので、導入する鉄材に不純物が入り、高品質の鉄材を造りにくいという問題がありました。

さて、電炉に比べて立場が悪くなりつつある高炉ですが、脱炭素に向けて4つの対策を打ちつつあります。

高炉ではCOを還元剤としているという話をしましたが、これはアバウトで不正確な表現でした。より正確にいうと、製鉄における還元反応のうち、6割がCO還元、1割が水素還元、3割が炭素直接還元と分析されています。

上記の還元プロセスのうち、水素還元ではCO2は発生しないので、第1の対策ではこの水素還元の部分を増やす方向で進められています。それを踏まえ、COURSE50というプロジェクトでは、炭素直接還元を3割から2割に減らし、水素還元を1割から2割に増やし、CO2を減らす目標が設定されています。

ただ、上記目標ではCO2排出量が10%程度減るだけです。そこで発生したCO2を捕獲して貯蔵するCCS (Carbon Capture Storage)と組み合わせて3割削減を目標として挙げていますが、個人的にはこれはガソリン自動車の燃費低減と同様の話に聞こえます。ハイブリット自動車やEVと比べると明らかに見劣りがします。

2つ目の対策はフェロコークスと呼ばれるものです。これは、鉄鉱石と石炭の配置する距離を縮めると、還元とガス化反応を低温・高速化できるという知見に基づいて考案されたものです。一言でいえば、鉱石と石炭を細かく砕いて複合塊材にすることです。これにより10%程度のCO2排出減が確認されています。ただ、これもガソリン自動車の燃費低減に類したものに思えます。

3つ目は、鉄鉱石の段階から水素だけを使って還元する方法です。得られた鉄は、直接水素還元鉄と呼ばれています。この方法は原理的にはCO2排出をゼロにできるので、世界中で目指すべきターゲットに設定されています。この方法で得られた鉱石は高炉に入れることもできますし、電炉に入れることもできます。

当然ですが、直接水素還元のプロセスにはいくつか課題はあります。1つは、安い大量の水素を調達する必要があることです。今は無理でしょうが、再生可能電力の比率が上がってくれば、水を電気分解する等により得ることができるでしょう。

もう1つの課題は、水素還元のプロセスが吸熱反応であるため、放っておくと温度が下がってしまうため、外部から熱を加える必要があることです。おそらく電力を使って熱を加えることになるのでしょう。従来のCO還元プロセスでは、COが燃料となって発熱するため、このような心配はありませんでした。

直接水素還元鉱石は、高炉だけでなく、電炉でも使えると前述しましたが、欧州はこの方向に舵を切りつつあるようです。具体的には、2040年までに高炉をゼロにし、その代わりとして、直接水素還元鉱石を造り、これを電炉に投入して製鉄することを考えています。

これは、脱炭素という視点だけでみれば、妥当な方向性のように思います。スクラップを原料とした電炉による製鉄は品質が落ちるため、これを改善するには、質の良い鉄を加える必要があります。ここに水素で還元した鉱石を使うのです。

日本はまだ高炉をゼロにするとまでは言っていないと思いますが、欧州の目標は日本の製鉄産業にも影響を与えることでしょう。大前提として、再生可能電力のコストが下がっていく必要があります。

ウクライナ問題が発生してからLNGの調達リスクが高まり、火力発電中心の日本の電力料金はうなぎ登りで上昇しており、やはり火力から他の電力への移行が必要だということを実感できるようになりました。

さて、高炉が減って、水素還元鉱石と電炉がメインになるのではないかというニュアンスで話をしてきましたが、製鉄プロセスにおいて炭素を完全に無くしてしまうと、むしろマイナスに働く場合があるので、その点に言及しておきましょう。

それは、鉄に炭素が入ることで強度が増すということもありますが、鉄が溶解する温度が下げる効果もあるということです。溶解温度の低下は、製鉄に必要なエネルギーを減らす効果があるわけです。特に電炉はこの影響を受けます。

鉄の持ち味の一つはやはり強度が高いことです。どうしても炭素を入れる必要があるのであれば、植物由来の炭素を入れることになるのかもしれません。(注:この「植物由来」は、例えば枯れ葉のように放っておけばいずれ微生物に分解されてCO2になってしまうものを意味し、同じ植物由来でも石炭などの化石燃料ではありません)

ここから話を変えます。世界が水素鉄の方向に進みはじめ、水素鉄の比率が少しずつ増えていった場合を考えてみましょう。水素鉄の比率が増えていくと、材料特性は次第に従来製法の鉄から少しずつ変化していくでしょう。

変化が小さいうちは問題ありませんが、水素鉄の比率が増えると、どこかで材料特性が急変するポイントが出てくる可能性があります。この変化を試験データで明確に示してくれれば問題ありませんが、費用を理由に理論だけで話を済ませようとすると危険です。

例えば、強度や靭性の変化は、機械設計に大きな影響を及ぼす懸念があります。製鉄業界は、水素化が進むことによる材料特性の変化について定量的な情報開示が不可欠だと考えます。大事故が発生してからでは遅いので。

他方、機械設計を行う立場も、CO2排出量の多い鉄を使いにくくなってくるので、例えば、安全性や運用経済性に影響が小さい部位であれば、水素鉄やスクラップから電炉で造った鉄材を意図的に使うようになるでしょう。

同じ文脈ですが、これまで電気代の塊と言われてきたアルミやチタンについても、再生可能電力によって製造できるようになります。再生可能電力が余剰となり、電力料金が安くなれば、CO2排出量が多い鉄からこれら比強度の高い非鉄金属への移行が起こる可能性もあります。(比強度とは強度と密度の比です)

アルミはすでに少しずつ増える兆候が見えています。アルミ、チタンは、製造時に電力を大量に消費しますが、鉄に比べて軽いので、例えば、化石燃料を使用する移動体に適用すると、CO2排出量を低下させることができます。

脱炭素化の移行が進む途上の20年間くらいは、従来的な経済性と今日的なCO2排出に悩みながら、使う材料の選択をする時期となりそうですね。

こういう変化の時代に対応するには、従来の固定的なモノの見方だけで事を進めるのは危険です。従来のモノの見方に加え、新しいモノの見方も取り入れ、複眼的、俯瞰的に眺める姿勢が重要です。やり方に悩む場合は、ぜひ、当社にご相談ください。