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製品進化とマネジメント風景 第21話 製品事業の成長と組織マネジメント

製品事業は成長の波に乗ると、S字カーブを描きながら成長していくことは良く知られています。しかし、ある製品事業では、あるレベルに到達すると成長が鈍って停滞するのに対して、別の製品事業では長期間成長を持続する、あるいは、一度、停滞した後に再度S字カーブで成長を始める場合があります。この違いはどういうことなのか。

別の切り口として、組織が変われずに問題を起こし続ける話が新聞紙上を賑わせています。トップや幹部が変わる、退職と採用によってスタッフが入れ替わり、組織を構成する人間は変わるにもかかわらず組織の体質は変わらない。あるいは、組織の中において、誰もが良かれと思って善意の行動をしているのに、すべてが合わさると、全くひどい結果を生み出してしまう場合もあります。これらは一体どういうことなのか。

私は上記の問題意識を昔から持っていましたが、あまり深く考えず、理解もしないまま、長い間、放置していました。しかし、10年くらい前に、システムダイナミクスを知り、それが生態系や人間社会の複雑系ダイナミクスの本質を上手く表現できることを知り、しかも、この考え方を応用することによって、製品事業の成長、停滞あるいは衰退のメカニズムを理解した時は目から鱗でした。人が入れ替わっても組織の体質が変わらない現実も、この考え方で理解し説明できました。

システムダイナミクス(以降、システム思考)は半世紀前くらいに米国で発明された考え方です。ドネラ・メドウズによれば、システム思考が発明された動機は、産業革命以降、科学技術の発展によって世界が成長するとともに複雑化し、当時の一流知識人といえども、もはや何が起こっているかを理解できなくなりつつある、ということへの対応でした。20世紀初頭には、ヘンリー・アダムスという人が、「もし科学がその複雑さを10年ごとに2倍ないし4倍に増大しつづけていくなら、やがて数学さえも追いつけなくなるだろう。普通の人間の知力は1850年にすでに追いつけなくなっていた。1900年には問題が何かすらも理解できない」と語っています。

20世紀初頭における考え方は、「どんなに難しい問題も、分割していけば、いずれ解決できるようになる」という還元主義でした。有名な例は、自動車王フォードが、生産ラインを分割、分業化して生産性を高めた話です。この還元主義は、今日でも重要な役割を担っていることに疑いの余地はありません。一方、還元主義では生き物を説明できません。生き物は、身体の一部を失っても一定レベル以下ならば元通り復元回復します。しかし、あるレベルを超えると回復できないし、場合によっては死んでしまいます。組織や社会も生き物と似ています。還元主義だけでは問題解決できません。

アダムスの時代から120年経過した2020年の世界はどうでしょうか。当時よりも明らかにグローバル化が進み、世界中が網の目のような繋がりを持ち、格段に複雑な状態になったと思います。グローバルな人間社会は生き物そのものです。

システム思考には3つの基本型があります。第1は、正のフィードバックにより生じる「成長」です。悪い方向にも正のフィードバックがあって、その場合はどんどん「衰退」していくことを意味します。第2は、負のフィードバックによる生じる「目標追求」です。これは、ある目標に向けて安定化する型です。第3は、時間的な遅れを伴う負のフィードバックにより生じる「振動」です。

第1の型でよく引用されるのは、優勢な企業は利益を再投資することにより、規模を拡大するとともに技術力を向上し、よい品質を安く提供できるようになる。その結果、益々優勢になるという話です。指数的に増えるということは、初めのうちは非常に僅かな変化しか見えないため、その事象が起こっているかどうか外目には見えません。しかし、ある時点から急速に増えて顕在化し、その段階になって初めて気付きます。

第2の型はバランス型フィードバックループとも言われます。人間社会を含む生態系はこの型に入ります。この型の特徴は安定していることです。ただ、静的な安定ではなく、ダイナミックな安定です。ですから、一定部分が破壊されたり、入れ替わっても元通りに回復できるわけです。

第3の型は、第2の型の類型ですが、フィードバックに時間遅れがあるために、均衡状態を通り過ぎて行ったり来たりを繰り返すパターンです。在庫水準を測定してから生産量を決めるのに時間がかかり、そこから実際に生産を増やすまでにさらに時間がかかる。この時間差によって、どうしても目標をオーバーあるいはアンダーするという話がしばしば例として挙げられます。

世の中にあるシステムの殆どは第1~3の型の組合せで表現できます。単純なものから複雑なものまであります。ただ、ここにもう1つ、第4の型があります。それが「進化」と言われるものです。これは、ある安定したシステムが、環境変化によって危機に陥った時、生き残るために、自ら別のシステムに形を変えることです。このメカニズムのおかげで人間は現在でも存在できているわけです。不思議な話です。

さて、話を製品事業の成長に戻します。成長には大きく2つのパターンがあります。1つはS字カーブで成長していくパターン。もう1つは、行き過ぎた崩壊と呼ばれますが、初期はS字カーブと同様に指数的に成長していくが、ある所でピークを迎え、急激に衰退していくパターンです。

後者のパターンが起こる典型例は、有限な資源を消費していく成長です。資源が豊富な時は指数的に成長するが、資源の残りが少なくなると、入手コストが上がり成長が減速し始めます。そして、資源コストが高くなりすぎて事業として成立できなくなると、その製品事業は急速に衰退します。今の話は外部環境が影響していますが、組織の内部の問題により同様の事が起こります。

市場の需要が多く、事業が急拡大した場合には人材リソースが上記の資源に相当します。人不足の状況を放置すると過重労働が起こります。人間は不思議なもので、あるレベルまでは仕事量、責任範囲が増えることによってやる気が向上して良い結果に繋がりますが、一線を超えると疲労が溜り始め、放置すると燃え尽きて離職し始めます。その結果、残った人の負荷が上がり、燃え尽きが加速します。悪い意味での正のフィードバックがかかり始め、最終的に崩壊するわけです。

鉱物のような外部資源はコントロールできませんが、人材リソースについては企業努力によって制御可能です。人不足の兆候は、製品事業の時間軸に対して、製品、サービス、技術開発の成熟度をモニターすることによって気付くことができます。未熟なものはリスクが高いからです。進捗度は表面的な指標なので、これだけ見ていると間違えます。そして、従業員が懸命に頑張っているにも関わらず未成熟なものが増え始めたなら、それは人材リソースが不足しているというメッセージです。

S字成長は正のフィードバックによって生じます。製品が世の中の需要とマッチし、しかも組織の内部リソースも適切な状態にある時、初めは指数的に成長していきます。しかし、市場が飽和する、競合が参入する、製品が普及するにつれて公害等のマイナス面が目立つようになる、あるいは、原料コストや人件費が上昇すると、ある所で成長が減速し、製品事業は成長が止まって安定モードに入ります。資本主義ではこの安定を停滞と呼ぶかもしれませんが、安定モードにいるシステムは通常、強い復元力を持ちます。よって、天変地異などの問題が発生し、一時的に業績が落ちたとしても、それを解決して復元する力を持っています。そのかわり、急成長していく力はありません。

成長を阻害する問題の中には、企業努力によって解決できるものもあります。例えば、製品が普及するにつれて公害等のマイナス面が増えて停滞するという問題に対しては、技術が問題を解決し、成長を維持するドライバーとなった例は枚挙にいとまがありません。長くなるので、事例は割愛します。

組織も前述の製品事業と似た振舞いをします。最初は少人数で臨機応変の対応をしながら成長していく。少人数なので何でも行うので少数精鋭になる。その後、事業の成長とともに人員が増えていく。そうすると統制のために、少数精鋭の人達が自らの経験をベースにルールを整備する。このルールは、その時点では適切なので、組織はうまく機能し、事業の成長に合わせて組織も成長していく。しかし、いずれ、事業も人員も成長が減速していく。

組織がS字カーブの最終段階に到達した時には、作ったルールは浸透し、それが物事の善悪や優先順位を決める判断基準となっています。システム思考ではこれをメンタルモデルといいます。既存の製品事業を遂行するという意味ではおそらく最適なメンタルモデルが出来上がっているはずです。その結果、無意識にそのメンタルモデルを乱すものを排除しようとする動きが生じることになります。

仮に、新たな成長を目指してトップが号令をかけたとします。皆、一生懸命に努力するにもかかわらず、思うように成果が出ないのはよくある話です。この現象は以下のように説明できます。新たな成長を目指すということは、安定モード、停滞モードから抜け出すことであり、新たなメンタルモデルが必要になります。しかし、トップの方針に基づいて各部門が立てる対策は、従来のメンタルモデルに基づいて策定され、実行されるわけです。その結果、新たな方針が動き出したとしても、従来と同じ反応をする結果、元の安定状態に戻ってしまう、というのがシステム思考の主張していることであり、実際、そうなるケースが多いわけです。

新たな成長モードに入るには、従来のメンタルモデルのどこかを変える必要があります。それを慎重に見極める必要があります。施策のトライアルをモニターし、組織のダイナミクスを観察・理解することが有効な手段となります。そして、レバレッジポイントを見つけ、そこだけを変えることにより、悪影響を最小限に抑えた上で、従来と異なるダイナミクスを実現できます。新たなルールを浸透させるには、当然、幹部は、何度も何度も同じことを言い続けなければなりません。一方で、実は現状を維持したいという場合には、メンタルモデルには決して変更を加えるべきではありません。 成長を目指す貴社は、上記に関してどのような問題意識を持っておられますか?

参考文献

  1. 世界はシステムで動く、ドネラ・H・メドウズ、2015