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製品進化とマネジメント風景 第3話 農業機械と建設機械の道を分けたマネジメント

先日、友人と一杯やりながら雑談をしている時のことです。

友人が、「キャタピラーって米国の建設機械会社の名前だけれど、英語で芋虫という意味なのは知っているよね。このキャタピラーって、もともと、農業トラクター用に開発されたものらしい。知ってた? しかも、第1次世界大戦の塹壕戦膠着状態を打開するための切り札として、キャタピラー付のクローラ式農業トラクターを装甲して戦車が開発された。」

「その開発を主導したのはあのチャーチルだという話。戦車を開発したのがプロの技術者ではなく、軍務経験のある政治家と言うのも示唆に富む。そして、今、キャタピラーと言えば建設機械の大手だ。農業用トラクターが、戦車の祖先であり、建設機械の祖先というのは面白くないかい?」。

私はこの話を知らなかったので、驚くとともに非常に興味を持ちました。興味を持つと、なぜ、そうなったのか無性に知りたくなりました。そして、思わずその歴史を調べ始めてしまいました。その結果、面白いことが分かりました。農業トラクターの量産化に世界で最初に成功したのは自動車王フォードであること、さらに、建設機械で有名なキャタピラーと小松製作所も農業用トラクターを製造していたことです。

ただ、現在の農業機械の世界市場上位を見ると、これらの会社の名前はありません。出てくるのは、老舗の農機具メーカーであるディア・アンド・カンパニーを筆頭として、2位はCNHグローバル、そして3位がクボタです。CNHグローバルは、米国の農機具老舗IH社とケース社を伊フィアット・アグリ社が買収して出来た会社です。日本では、クボタに次いでヤンマー、井関農機が続きます。

フォードは、乗用車と同じ大量生産技術により、一時、米国農業トラクター市場の80%弱を支配したものの、じり貧となり、最終的に農業トラクター事業を売却してしまいました。キャタピラーや小松製作所も、農業用トラクターから建設機械のメーカーに移って行ってしまいました。フォードもキャタピラーも小松製作所も大企業であり、しかも、一時は農業トラクターで事業をしていたのに、なぜ、異なる道を歩んで行ったのだろうかという疑問が湧きました。

上記の疑問に対して自分なりの答えを見つけるために、農業用トラクターから建設機械への進化の過程を追ってみました。

農業トラクターは、1859年にイギリスで蒸気機関を用いた自走式トラクターとして発明されました。ただ、蒸気機関の信頼性不足もあって、かなり危険なものだったようです。その後、1892年に米国において内燃機関を搭載した農業トラクターが発明されると、蒸気機関は、小型で危険度の低い内燃機関型に置き換えられていきました。

そして、第1次大戦を通して、農業トラクターが戦車に進化することが分かると、この2つはセットとして急速に世界中に広まっていきました。一方で農業にも大規模、小規模があります。小規模農業用としては、サイズの大きな自走式よりも、小さい歩行式が便利であるとともに経済的であり、それらも普及していきました。

農業用トラクターとして求められる機能は、不整地走行能力、耕うん能力に加えて、脱穀を代表とする農作業の後処理能力です。当然、機械を動かすための動力が必要とされますが、エンジン出力は最大級でも100KW級を少し超えるレベルです。あまり大出力のエンジンは必要ありません。次に不整地走行能力ですが、麦、トウモロコシを代表とする畑と、米を代表とする水田の2タイプに特化されています。耕うん能力は、掘削能力の一種ですが、土を深く掘り返す必要はなく、表面を浅く掘り返す能力があれば十分です。

これに対して、農作業の後処理は多様であり、この多様性に対応できることが重要となります。これらを技術的な視点で眺めると、エンジンや掘削部品に対する技術要求は限定的と言って良いでしょう。むしろ後処理を含む農作業の生産性向上により価値があり、農作業をする人を熟知していること、その知識を機械に組み込める能力が差別化のポイントになりそうです。

一方、建設機械に求められる基本機能は、不整地走行能力と掘削能力です。特に鉱山などでは生産性の観点から大型化、大出力化が求められ、同時に運用コスト低減も求められました。掘削能力の大型化、大出力化は、油圧技術とそのパワー源となるエンジン技術に直結しています。運用コストの低減についても、やはり油圧技術とエンジン技術に繋がります。つまり、油圧技術とエンジン技術の技術開発能力が競争力を決めるポイントなのです。

油圧システムでは、油圧制御に電子制御が組み込まれて作業性が改善し、また、軸受などの可動部ではコーティング技術の向上により耐久性が向上しました。エンジンにおいても、経済性の追求により、ガソリンエンジンからディーゼルエンジンに変わりました。ディーゼルエンジンは、熱効率が良い上に、ガソリンよりも安い燃料が使えるのです。そしてエンジンの大型化、大出力化が実現されてきました。現在は1.5MW級まで来ましたが、大型化するにつれて出力密度が下がっていくので、そろそろ限界かもしれません。

これ以上の大出力化を目指すとなると、内燃機関ならばガスタービンエンジンの適用が考えられますが、燃費が悪いので普及しませんでした。あるいは、大型電源から電線を繋いで電動モーターを駆動する電動化が考えられます。こちらは既に2MWを超える超大型で使われています。運用コストはディーゼルエンジン式と比べて半分という話もあります。ただし、近くに大型電源あるいは発電所が必要です。新幹線に使われている電動モーターが17MW級であることを考えると、大型電源とセットであれば大出力化はまだまだ可能と言って良いでしょう。一方、大型電源を近くに設置出来ない所では、まだまだディーゼルエンジンに頼る必要がありそうです。

以上を踏まえて、農業トラクターと建設機械への道を分けたマネジメントについて、私なりの見解を整理しました。それは、あくまでも農業にこだわりを持っていて、その領域で事業を続けることを使命と考えていたか、あるいは、手持ち技術を使える新たな成長市場があるならば、そちらに移って社会的使命を果たしていくかの選択だったのではないかと思います。

前者の人達は、農業と農業従事者を熟知し、その分野での貢献を最優先した。一方、後者を選択した人達は、自社の技術を応用できる新たな市場で生きていくことを選び、そこでのニーズを満たすために果敢に技術開発を行った。ここにマネジメント上の岐路があったと考えます。

新たな市場への参入は勇気が必要と思いますが、対象事業の市場が成熟した時、あるいは衰退していく場合には必要な判断です。その際、重要になるのは、経営者が、自社のコア技術をどこまで深く理解しているかです。通常、経営者と技術の専門人材とでは使う言語が異なりますが、重要判断を行う場面では、両者が共通理解できる基準が必要です。さもないと間違った判断をする可能性が高くなります。貴社は、経営者と専門人材集団の両方が共通に認識している判断基準をお持ちでしょうか? もし、まだであれば、アイリスマネジメントにご相談ください。お役に立てると思います。

さて、面白いことに、農業機械と建設機械は、今、同じ方向に向かっています。すなわちIoT化です。具体的には無人運転による省人化と、収集した運用データを活用した価値向上です。どちらも、農業従事者、建設業従事者のニーズに細やかに対応していくことを狙っています。つまり、価値提供が、単なる製品提供から製品を上手に運用して成果を出すためのサービスに移りつつあるということです。

問題は、サービスと言っても範囲が広いので、どこに焦点を当てるかを適切に設定しなければなりません。サービスとして、機械の整備支援は当然重要ですが、それ以外にも機械運用の生産性を向上するための情報提供サービスもありますし、収穫物を市場で売りやすい形に加工するサービスもあります。少し飛躍しますが、もしかしたら、機械駆動用の大電源装置とセットで製品を提供するというビジネスもあるかもしれません。どこまでのサービス領域に踏み込むかは、各企業の戦略課題です。

製品提供からサービスに事業を広げてようとしている貴社は、どのサービス領域を目指していますか? そのサービス領域と自社製品のシナジーを向上するためにどのようなマネジメントをしていきますか?

参考文献

  1. トラクターの世界史 藤原辰史 2017年
  2. 改訂版 油圧ショベル大全 岡部信也・杉山玄六 2007年
  3. 日本初「ロボットAI農業」の凄い未来 窪田新之助 2017年