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製品進化とマネジメント風景 第31話 風力エネルギーの潜在力・進化と事業マネジメント

再生可能エネルギーの国際団体であるRenewable Energy Policy Network for the 21st Centuryは、今年も自然エネルギー世界白書を更新して公表しました。それによると、新規導入された発電量は、4年連続で再生可能エネルギーが、火力・原子力発電の合計を上回りました。このトレンドは予想されたものでした。私が2017年に欧州で開催されたエネルギー関連の学会に出席した時、特別講演において、スイスの金融機関から来た講演者の話を聞きましたが、その内容は「エネルギー分野への投資について、今後、火力発電には一切投資しない。再生可能エネルギーに投資をシフトする」というものだったからです。

話を聞いた瞬間は、何かヒステリックになっているのではないかとの印象を持ちましたが、その後、欧州はそういう方向に進んでおり、世界もそれに追随する可能性があるかもしれないと思うようになりました。実際、2年後、日本の新聞紙上でも、金融機関から同じ話がされるようになりました。新聞に掲載されるのは、トレンドが明らかになってからなので、どうしても時間遅れが生じます。大きな流れを知るには、人がたくさん集まる場に足を運んで肌で感じるのが一番だと思います。

再生可能エネルギーについてこの10年間のトレンドを見ると、太陽光発電と風力発電の2つが抜きつ抜かれつのデッドヒートをしていました。しかし、2016年を機に太陽光が優勢となりつつあります。風力発電は2014年以降、だいたい毎年50-60 GWのペースで増強されてきました。それに対して、太陽光は2017年以降、100-110 GWのペースで増えてきています。過去からの蓄積された発電量を見ても、風力は650GWであり、対する太陽光は627GWです。2020年末には逆転が起こるでしょう。とは言え、どちらも成長分野であることは間違いありません。今回は、太陽光発電に押されつつある風力発電の事業性を高めるための施策について考えていきます。

このように太陽光発電が一歩先んじた感はありますが、社会が繁栄するには必ず多様性が必要です。一点集中路線は、短期的繁栄は収められても長期の繁栄は得られないことは歴史が教える所です。

再生可能エネルギーには、太陽光発電、風力発電以外にも、バイオエネルギー、海流発電、地熱利用などがありますが、地熱を除けば、どれも源は太陽エネルギーです。太陽光が地球に与えるエネルギーと地球から宇宙に出ていく放熱のバランスを見ると、赤道を中心とした低緯度エリアでは、太陽光からの入熱が放熱を上回っています。一方、欧州などの高緯度エリアでは、宇宙への放熱が太陽光からの入熱を上回っています。仮に何の熱交換も行われなければ、熱帯地方の温度はどんどん上昇し、逆に高緯度地域は温度がどんどん下降し、どちらも人が住めなくなってしまうでしょう。

実際にそうならないのは、大気流と海流によって熱が循環、拡散するおかげです。このように考えると、太陽光がたくさん降り注ぐ熱帯を中心としたエリアは太陽光発電に適していますが、高緯度のエリアでは太陽光は弱く、むしろ熱の循環のために必ず生じる風力や海流を利用して発電する方が適していると言えます。欧州は風力発電が盛んなエリアですが、自然の理に適った選択だったというわけです。風力発電は空気という密度の低い流体を扱っているわけですが、それでも大出力発電の実用化に数十年を要しました。海流は風流と比べてエネルギーが桁違いに高く、しかも塩水という腐食性の強い環境です。これを適切に制御できるようになるためには、少なくとも数十年、もしかすると百年の年月が必要なのではないでしょうか。

太陽光発電は広い土地が必要です。人間は植物と違って太陽光と水からエネルギーを作ることができず、穀物を食する必要があります。よって、穀物をつくる農業と競合する手段は注意深く扱う必要があります。最近、農業と太陽光発電の両立を目指すソーラーシェアリングが始まってきました。面白い試みだと思いますが、実例を見る限りかなり脆弱なシステムであるとの印象を持ちました。ケアしながら小規模に行うのは良いとしても、メンテナンスフリーで大規模に行うには課題が多そうです。太陽光発電は、穀物を除く植物とも競合しています。植物はCO2を酸素に変換する役割も持っています。太陽光発電が増えるほど、酸素を作り出す植物が減ることになるので、この点にも配慮する必要があります。

これに対して風力発電は、高さ方向の空間を占有しますが、太陽電池ほど広い土地面積を覆いませんので、農業との共存が可能です。人間は農業無しには生きていけない生物ですから、農業と共存できる再生可能エネルギーというのは貴重です。なお、同じ文脈で林業との共存も可能です。風力発電は洋上にも進出し始めていますが、洋上に占める面積は小さいので漁業との共存可能と考えられます。

次に再生可能エネルギーの発電コストをみていきましょう。太陽光発電については世界の平均で1kWhあたり3円まで下がってきています。熱帯地方の国では2円以下の所も現れてきています。一方、風力発電については、昨年度よりも10%程度コストダウンが進みましたが、陸上では1kWhあたり5円、洋上では8円です。よって、太陽光発電量が風力発電量を追い抜くようになったのは、前者のコストが大きく下がり始めているからといえます。ちなみに、これらの数字は日本で語られる発電コストの数分の一です。

このようにコストだけで言えば、太陽光発電が有利になりつつありますが、社会におけるエネルギー供給基盤の脆弱性を避けるには、常に複数の代替手段を持っていることが大事です。その意味で、風力発電の活用は不可欠だと考えます。では、世界全体に存在する風を使うと、一体、どれくらいの発電量を生み出せるのでしょうか? 

2005年時点ですが、世界全体の気象観測ステーションは、地上に7753か所、高度方向の計測もできる所が446か所あります。これらの観測データから、人間が使える風力エネルギーを推定した研究があります。その結果は、風力発電だけで世界中で約72TWの電力、53900 Mtoeのエネルギーを生産できることを示していました。この数字は、当時の人類全体が消費しているエネルギーの5倍(2019年では約4倍)に相当します。そのまま鵜呑みにしてはいけませんが、風力は大きなエネルギー資源であることは分かると思います。ここで、MtoeはMega tonne of oil equivalentの略であり、1トン当たりの石油発熱量の100万倍を表す単位です。

風力発電を広めていくためには、当然ですが経済性を高める必要があります。経済性を高める方向性はいくつかあります。大出力化して発電単価を下げる、性能向上・製造コスト低減・整備コスト低減によるライフサイクルコスト低減、あるいは風力発電と補完的な事業を組み合わせた総合的な事業性改善などです。

風力による発電量は、風速の3乗と風車面積に比例します。風は大気の流れですが、地面では風速がゼロとなり、高度を上げるほど風速が上がります。大出力化のためには風車を大きくするために高さも上げる必要があり、当然、発電に利用できる風力が増えます。例えば、高度10mと150mを比べると、平均的な風速は後者が前者の2倍です。つまり、発電量は後者が8倍となり有利です。

大出力化すると部品が大きくなります。例えば、8MW級の風車ブレード寸法は約180mです。そのままでの陸上輸送は不可能と言ってもよいでしょう。分割すれば運べますが、強度は下がるし輸送コスト、組立コストが増えます。一方、洋上であれば、そのまま海に浮かせて工事現場まで輸送できますし、180m程度の部品を運べる船も多々あります。洋上風力では、陸上風力と比べて着床基盤や浮体基盤が追加されるので、この分の追加コストはありますが、大出力化によるメリットは享受しやすいという特徴があります。

次に、ライフサイクルコスト低減ですが、まず、性能向上です。風力発電の理論限界については、100年くらい前にベッツにより求められています。その数値は59.3%です。風力発電における100%効率の意味する所は、風車の後方で風が無くなるということであり、物理的に不可能であることは一目瞭然です。せいぜい50-60%くらいというのは感覚的にも妥当でしょう。現実世界では風車ブレードにおける空力損失があるので40%程度になります。

風力発電も初期は、風車回転を増速ギアで回転数を上げて誘導発電機につないで発電していました。これが初期コスト的には最も安いのですが、損失も大きくて発電端効率はせいぜい30%程度です。これに対して、最近では、ネオジム永久磁石を適用した同期発電機とパワー半導体による電力変換器の組合せにより、発電端効率は40%近くまで上がってきました。ネオジム磁石については、適用先がハードディスクからエアコン、その後、自動車用モータに広がり、ついには風力発電用モータにまで適用されるようになりました。しかし、レアアース(希土類)を使っているのでコストが高く、初期コストでは増速機と誘導発電機の組合せにまだ勝てません。ただ、長期間で勝負すれば、メンテナンスが必要な増速機もなく、ライフサイクルコストで勝てるレベルになりつつあります。さらに、IoT技術の進歩を活用し、周辺の風速計測結果と機械学習AIを使って風車の方向を制御する技術も適用されるようになってきました。

製造コスト低減に入る前に、風力発電の部品構成を確認しましょう。構成部品は、タワー、ブレード、発電機、インバータ・コンバータ、増速機です。洋上の場合は前述したように、これらに洋上の基礎が加わります。全体に占めるコスト比率としてはタワー部が最も大きく約25%を占め、ここがコストダウンを進めるべき一番の対象となっています。次に高いコスト比率を占めるのが風車ブレードです。ブレードは大型化が進むにつれてガラス繊維強化複合材では強度が不足するため、炭素繊維を混ぜざるを得ず、コストが上がる方向にありました。これに対しては、炭素繊維において、航空機用の最高級グレード以外の廉価グレード繊維が出回るようになったこと、さらには航空機で使用済の部品から繊維を回収して再利用する技術も開発されつつあり、コストダウンが進みつつあります。

整備コスト低減については、IoTを活用した事故防止、メンテナンス最小化が進みつつあります。また、整備をできるだけ少なくするために、強風(台風)による破損、振動・共振による損傷、雷による破損を低減するための技術開発が続けられています。

最後に、風力発電と補完的な事業の組合せを考えます。最有力は農業でしょう。農業は、夏場には穀物が生産できて良いですが、冬場に生産できるものがありません。風力発電は季節を問わず、昼夜を問わず、風が吹きやすい場所であれば発電できます。夏場には買電量を減らしてコスト低減に貢献し、冬場は売電すれば収益の安定化にも役立ちます。ただ、あまり大きなスペースを占めるものとは共存できませんから、小出力で初期コストの風力発電と相性が良く、そういう意味で高性能だが初期コストの高い水平型風車ではなく、初期コストを早期に回収できる垂直型風車が向いており、今後、市場が拡大する可能性があります。

相互に補完する2つの別事業を組み合わせるというハイブリッド化は、今後、重要な戦略になっていくと考えられます。その際のやり方として、まずは、アジャイル開発によって事業性の見極めを行います。しかし、事業性の良い分野であれば、必ず、後から競合他社が参入してきますので、本当の勝負はそこからです。そこでは持続的イノベーションを継続することが求められ、それを進めるための仕組み、特に異分野の専門人材の知恵を統合する仕掛けがより重要となります。事業のハイブリッド化を進めようとする貴社は、持続的なイノベーションを実現するための仕掛けを構築していますか? あるいはどのように構築して行きますか?

参考文献

  1. Evaluation of global wind power, C. Archer and M.Z. Jacobson, 2005
  2. Renewables 2020 Global Status Report, REN21, 2020
  3. 平成27年度 特許出願技術動向調査報告書(風力発電)、松浦久夫ほか2名、2016