〒186-0002
東京都国立市東2-21-3

TEL : 042-843-0268

製品進化とマネジメント風景 第8話 3次元造形の進化とマネジメント

製品の機能、性能を深く追求していくと、あるいは、芸術性を追求していくと、モノの形は必ず一定レベルの複雑さを持った3次元形状になります。実際、自然の営みの結果として進化してきた動植物の形を見れば、それは一目瞭然です。そして、人間は何千年も前からこの3次元形状と付き合ってきました。最初は粘土などのセラミックスを使った造形でしたが、その後に金属を発見して鋳物で3次元造形をするようになりました。驚くべきことは、陶器と鋳物は数千年経った今でも産業として大きな存在感を持っていることです。

今日、モノづくりの材料を大きく分類すると、セラミックス、木、金属、ポリマーの4つとなります。ポリマーという言葉は必ずしも一般的ではないので、多少不正確ですがここでは馴染みのあるプラスチックということにします。M. F. Ashbyが2008年時点にまとめた結果では、重量ベースにおいて世界で使用されている材料の比率は、セラミックスが84%と圧倒的に多く、次に木を主とする自然素材が9%、そして鉄を主とする金属が6%でプラスチックが1%となっています。

セラミックスとしてはコンクリートが圧倒的な一番ですが、その後にセメントとグラナイトが続きます。金属では鉄が圧倒的な一番ですが、アルミニウム、銅、亜鉛、鉛、ニッケル、マグネシウム、チタンと続きます。プラスチック用材料ではポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレンが上位3つです。

前述の使用材料の割合は重量ベースでしたが、体積ベースの方が現実の肌感覚に近いと思います。体積ベースに換算して比較してみましょう。金属を1とするとセラミックスが35、木が15、プラスチックが1.1となります。つまり、コンクリートを中心とするセラミックスと木の使用量が圧倒的です。これら2つは最も古くから人間に使われてきた材料ですし、また、体積の大きい建物などがこれらの材料で造られていることから納得がいきます。ただ、歴史の浅いプラスチックが、数千年の歴史を持つ金属を抜いてしまったことには少し驚かされます。これは20世紀初頭から始まった石油化学の急速な発達の結果と言えるわけですが、別の視点でいうと、安くて生産性の良い材料が出てくると、たったの数十年間でそれが社会の主役になりえるということを意味しています。

さて、世界で使用されている材料の比率は分かりましたが、これらを製造するのにどれくらいのエネルギーが使われているのでしょうか? ここでは1kgを製造するのに必要なエネルギー量で比較してみます。

産業用製品で最もポピュラーな材料は金属ですが、鉄は29MJ/kg、アルミニウムは200MJ/kg、チタンは700MJ/kgです。航空宇宙では軽量であることが重要なのでアルミニウムとチタンをたくさん使いますが、鉄系材料の何倍もエネルギーを消費している勘定になります。ちなみに最新の航空機の機体では、重量の半分程度を炭素繊維複合材CFRPが占めるようになりました。このCFRPを製造するために必要なエネルギーはアルミニウム合金より少し多いレベルです。なお、同じ鉄系材料でも、ステンレスはエネルギー消費が多めで80MJ/kgであり、鋳鉄は20MJ/kgとかなり開きがあります。鋳物は意外と省エネなのです。

土木建設の主要材料であるセラミックスを見ると、コンクリート製造のエネルギー消費は1.2MJ/kgと非常に低く、セメントやグラナイトも5MJ/kg程度であり、金属と比較するとかなり省エネです。もちろん、セラミックスの中にはジルコニアのように100MJ/kgのものもありますから、全てが省エネというわけではありません。

プラスチックについても色々な種類がありますが平均的にみて100MJ/kg程度です。重量ベースで見ると鉄よりもエネルギー消費量が多いことになります。ただ、体積ベースで考えると鉄よりも少しエネルギー消費が少ないレベルになります。メジャーなセラミックスと比較するとプラスチックもあまり省エネとは言えません。

さて、ここから本題の3次元造形の話に入っていきたいと思います。複雑な3次元造形を出来る製造技術はそれほどたくさんありません。金属材料ではまず鋳造が来ます。プラスチックでは射出成形です。そして素材の種類を選ばず、単純形状素材から3次元形状に変えてしまうのが除肉加工です。除肉加工は、歴史的にみると必ずしも3次元形状の加工が得意だったわけではありません。しかし、3次元CADの登場とコンピューター制御のNCマシンの登場により、今はで最も精度の良い加工方法に進化しました。

金属粉末が生産されるようになり、1970年代になってから、金属粉末と樹脂を混ぜて射出成形し、それを焼結してモノをつくる技術が開発されました。金属粉末射出成形(Metal Injection MoldingあるいはMIM)と呼ばれ、小物を中心に適用されるようになりました。サイズが小さいと精度、コスト、表面粗さの面で競争力があります。

また、1980年代になると、プラスチックの分野で3次元積層造形の技術が開発され、商品化されました。いわゆる光造形技術です。そして、1990年代になると、金属粉末を使って3次元形状を付加造形できるようになり、今ではadditive manufacturing (AM)と呼ばれるようになりました。日本では付加製造とか積層造形と訳される場合が多いようですが、ここでは原則、3次元プリンターと呼ぶことにします。

3次元プリンターの用途としては、まず、プラスチック製品の製造でしたが、セラミックスを使って鋳物の砂型を造れるようになり、さらに精度が少し劣りますがプラスチック用やダイカストの金型製造にも適用されるようになりました。金属粉末で直接的に3次元造形を行うことが注目され始めたのは比較的最近です。

3次元プリンターを使った金属の3次元造形の潜在力については多くの人が述べていますが、まだ、普及を抑えている事があります。金属粉末のコストが高いことです。金属粉末の製法としては、ガスアトマイズ法、プラズマアトマイズ法、遠心力アトマイズ法などがありますが、一度、鋳造したインゴットを再度溶かして粉末に変換していることに加え、成形に利用できる粉末サイズの範囲が限定されていて、さらに粉末形状も球状に近いものが求められるなど要求が厳しいためコストが中々下がりません。

よって、金属粉末を使った3次元プリンターで普通に製造するだけでは競争力を持つ量産製品を生み出すことは出来ないでしょう。もちろん、少数の試作品を製造する場合には強みがあります。金型、砂型、中子などの型製造が不要なので、射出成形や鋳造と比べて素早い対応が可能なためです。量産製品でも競争力を持つためには、従来の製造方法では複数部品に分割せざるを得なかったものを一体にする場合や、既存の製造方法で造ったものよりも機能・性能・重量面で優れた特性を出せる場合には強みを発揮できるでしょう。試作段階の強みは明らかですが、量産段階で強みを出し続けていくためには、設計者が3次元プリンターの能力を十分に理解してフル活用することが必要条件になると思います。部品設計者が工程設計を一部受け持っているような感じです。モノづくりのデジタル化は、部品設計者と生産技術者の間の境界線にも影響を与えつつあるということです。

3次元プリンターの中にも様々な種類があります。NEDOレポートに沿って分類を記載すると、粉末床溶融結合方式、指向性エネルギー方式などがメジャーなものだと思います。ただ、最近、インクジェット技術を使い、粉末床溶融結合と前述のMIMを組み合わせたようなバインダー噴射方式が出てきました。これは、従来方式に比べて生産性を大幅に向上するポテンシャルがあり、ゲームチェンジャーになるかもしれません。

一方、3次元プリンター技術単体というよりも、他の分野と組合せて差別化を図る動きも進みつつあります。具体的には、鋳物と3次元プリンターの組合せ、射出成形と3次元プリンターの組合せ、除肉加工と3次元プリンターの組合せなどです。つまり、3次元プリンターという新しい成形法を起点として、3次元造形の分野は、既存の生産技術分野を巻き込んだ新たな競争と共創の時代に入ったのだと思います。

さらに、3次元プリンターはセラミックス材料の分野でも進化してきています。コンクリートやセメントを用いて3次元形状を製造できるようになると、エネルギー消費が少なく、さらにコストも安いことから、土木建築分野はもちろんとして、産業用製品分野を含めて用途が広がっていく可能性があります。今の技術レベルでは衝撃に弱く、靭性が要求される部品には使用しにくいでしょうから適用範囲は限定されるでしょう。しかし、セラミックスの靭性向上についても、例えば3次元プリンターで金属とセラミックスのハイブリッド構造や複合材によって改善できるでしょうから、今の姿を見て全てを判断するのは危険だと思います。

私自身は、産業用製品分野と土木建設製品の分野の境界、棲み分けが少しずつ曖昧になっていくのではないかと思いはじめています。しかし、これは逆に言うと、今後、両者の間で競争と共創が進んで行くということでもあります。歴史的にみると、競争と共創が進みはじめると、互いの欠点を補い合いながら急速な進化が起こりやすくなります。

3次元プリンター技術を使いこなして競争力向上に結び付けるには、材料、設計、製造に加えてアフターサービスを含む多様な専門人材の知恵の統合が不可欠です。人の目に触れる部分については芸術的センスも求められます。様々な分野の知恵の統合が進んだ時には、従来と異なるコンセプト、アーキテクチャーの製品・サービスが生まれやすくなります。そういう意味で、多くの製造業の方々にとって、これからの時代はチャンスとピンチが一緒に来る時代になるのではないでしょうか。3次元プリンター技術を使いこなして顧客価値を高めようとしている貴社は、どのようなアプローチで差別化をしようとしていますか? どのようなアプローチを採用するにせよ、製品生涯価値を高め、生涯コストを下げるためには、様々な専門人材の知恵を上手に統合する仕掛けが必要です。貴社はどのような仕掛けで進めていきますか?

参考文献

  1. Materials and environment, M. F. Ashby, 2009
  2. 粉末成型、 日本塑性加工学会編、2018
  3. 解説 3Dプリンター、丸谷洋二・早野誠治、2014
  4. 金属積層造形の技術戦略策定に向けて、NEDO TSC Foresight No.32、2019