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製品進化とマネジメント風景 第87話 ブレインテックの進化と活用マネジメント

2~3年前からブレインテックが注目を浴び始めました。この技術は、人間の脳から情報を読み取り、それを無線により通信してコンピュータとつなぎ、コンピュータを操作したり、モノを動かしたりすることを目指しています。 

人間の脳とコンピュータをつなぐ手法は侵襲型と非侵襲型の2つに分類されます。この分野においても、話題の起業家はイーロン・マスク氏とマーク・ザッカーバーグ氏です。ただ、方向性は異なります。マスク氏は侵襲型を志向し、ザッカーバーグ氏は侵襲型を嫌って非侵襲型に注力しています。 

侵襲型というのは人間の大脳に直接、半導体チップを埋め込み、ニューロンの信号を直接取得します。一方、非侵襲型は頭の外側に装着し、脳波の情報を取得します。 

どちらも前提として、ニューロンの電圧スパイクや脳波の変動のパターンが意味することを事前に学習する必要があります。ここでは学習ありのAIが活躍します。

AIによってニューロンや脳波の情報を人間が理解する命令の形に変化できれば、そこから先はソフトウェアがコンピュータを操作する原理と同じです。さらにコンピュータをモータなどのアクチュエータに繋げば、モノを動かすことも出来ます。 

すごい時代になったなと思います。米国では、投資家が大枚をこの分野に出資したと聞いていますので、大きな成長市場があると考える人がいるということです。では、具体的にどのような市場があるのでしょうか?

マスク氏は医療分野への適用と、考えるだけでスマホやパソコンへの入力をできるようにすることを主張していました。 

神経系の障害者が義手、義足を動かす、あるいは考えるだけで何かを動かすという医療分野のビジネスは現実化しそうです。一方、考えただけでコンピュータへの入力をできるようにすることは、たしかに便利さを向上しますが、とても大きなビジネスになるようには思えません。単なるジョークかもしれません。

ちまたで囁かれているのは、「この技術は、実は人の心を知るための技術だ。人の欲求をリアルタイムに知り、その情報に基づいてモノやサービスを売ることが目的なのだ」という噂です。 

ビジネスの対象は人なので、人の心理を研究する、あるいは直接的に知ることは非常に重要です。よって、これを目指す人や企業がいても不思議ではありません。しかし、人の心を覗き込むのはプライバシー侵害と見なされるでしょう。

この10年強、情報ビジネスが米国を中心に世界中で成長しました。次第にプライバシーへの影響が大きくなってきており、欧州はその道徳観に基づいてプライバシーを保護する規制を制定し、それが世界に広まり始めました。 

ですから、ブレインテックがどんなに便利なものであっても、プライバシーを侵害する恐れが大きくなれば、最終的にビジネスは停滞しはじめるでしょう。

では他にどのような市場があるのかと言えば、まずはゲーム・ビジネスでしょう。人は時間が余ると、何かをしていないと気がすまない類の生き物のようです。昔は読書や談話が中心だったのでしょうが、その後はテレビやビデオになり、今日ではゲームが著しく台頭しました。 

テレビ、ビデオは受動的ですが、ゲームはより能動的です。また、コロナ禍で人とあまり会えなくなったこともあるように思いますが、最近のネットゲームは友人や見知らぬ人とチームを組んで行うタイプが増えました。誰かと何かをいっしょにやるという行為が求められているように感じられます。 

実際、私の娘もどこの誰かわからない人とチームを組んでゲームを楽しんでおり、少し驚かされまました。 

そして、ゲームの先に想定されているのがメタバースです。外で人と会えないならばあるいは遠くで会えないならば、仮想空間の中で社交しようというコンセプトです。

仮想空間内に世界を作り、その中の一部の場所を売り出すサービスも出来たと聞きました。リアルな土地には限りがあり、利便性の良い所は既に誰かに占有されているので、新たな不動産のようなモノを創り出そうとしているようです。 

従来、デジタル情報はコピーできることがメリットとされ、それゆえに音楽や動画の価格が低下してきました。しかし、ブロックチェーン技術をベースにしたNFT(Non-fungible Token: 非代替性トークン)が使われるようになり、デジタル情報にもアイデンティティが付与され、本物とコピーが識別されるようになりました。よって、不動産のようなモノを扱うことも一応、成立はしそうです。 

さて、仮想空間にはあまり興味がない人も多いでしょうから、ここからはリアルな世界での応用に話題に変えましょう。 

ブレインテックを使える分野として自然に思いつくのは自動化や無人化です。

深層機械学習のAIは画像や音声の解析には向いていますが、大量のデータを使った学習が不可欠です。ブレインテックを用いてその学習データをたくさんの人の脳から収集する大量のデータを集めるというアプローチが考えられます。

この方法は法律的には前述のプライバシー侵害のリスクがありますが、実現は可能だと思います。なぜなら、人数は限定され、データを集める前に報酬等の条件を提示してその人の同意を取れば良いからです。短期間かもしれませんが、「AIの学習を支援する」という職業が必ず存在するでしょう。

一方、以前のコラムでも述べましたが、適用する範囲を限定するならば、人が経験に基づいた仮説モデルを作り、少ないデータでそれを学習させる機械学習の方が投資効果は高いと考えられます。 

投資効果が高いのはそもそものベースモデルが優秀だからです。では、その優秀さはどこから来るのでしょうか? それは、実際の経験に基づいて設定されたアルゴリズムの部分にあると言ってよいでしょう。 

この手法の欠点は汎用性が低いことです。では、少量の学習データで一定の汎用性を持たせるAIを作ることは不可能なのでしょうか? 最近の科学技術の動向を調べると、実現可能なのではないかと思われてきました。 

例えば、画像判定で成功した多層の深層機械学習法は汎用性を持ちますが、なぜ、汎用性を持てるようになったかと言えば、それは、人や動物の目と脳の情報処理プロセスを研究し、そこで使われているアルゴリズムを導入したからだと考えます。 

これは生物が長年かけて培ってきたアルゴリズムを模倣して使っているということもできるでしょう。

そう考えると、自動化、無人化についても類似のアプローチが使えるだろうと推定できます。ただし、この目的のために人間の脳を研究するというのは止めた方がよいでしょう。理由は2つあります。 

1つは既に説明したように人道上、プライバシー上の問題があるからですが、もう1つは人間の脳が複雑すぎるからです。脳を機能させる要素といえばニューロンですが、ニューロンだけを考えると人も動物も昆虫もほとんど差がないと言われています。 

もちろん、人間の脳ではニューロン数が圧倒的に多いのでそこに違いはありますが、数だけの違いです。一方、ニューロン以外の要素としてグリア細胞というのがありますが、これについては質的に人間と動物で大きな差があります。

アインシュタインは人間の中でも天才と言われた人ですが、その人の脳を調べたら、ニューロンは普通の人と変わらなかったがグリア細胞の数は普通の人の2倍あったという話がありました。

グリア細胞が頭の良さに直結しているかどうかはともかく、人の脳は動物や昆虫と比べて複雑であり、一筋縄で行かない代物だということは分かるでしょう。 

マスク氏が設立したニューロリンク社では哺乳類(具体的には猿)を使った研究をしています。しかし、今後、動物愛護団体などの反対が増えてきてやりにくくなると予想されます。

これに対して、研究機関を中心として昆虫を用いた研究が進んでいます。昆虫の脳を使った研究については、人や動物を使う研究と異なり、道徳面でクレームをいう人がいないようです。

では、汎用性のあるアルゴリズムを抽出する対象として昆虫の脳が適切なのかといえば、その答えはYESだと考えています。昆虫の行動は人間と比べると原始的ですが、その視覚、聴力、触覚、運動の能力は人間に劣りません。むしろ複眼や俊敏性などは人間を超えています。 

仲間とのコミュニケーションについては人間ほどの複雑なことは出来ません。しかし、身振り、手振りや化学物質の放出を通して、結構なコミュニケーション能力を持っています。 

昆虫は生きている時間が短いので学習する時間が殆どありません。ということは、人間のように学習せずとも、障害物にぶつからず、俊敏に動き回れる方法を生まれながらに持っていると考えることができます。 

人が空を飛ぼうとしたら、航空機力学を駆使した乗り物を作り、それに乗るか操作することになるでしょう。飛行機やドローンがまさにその実例です。しかし、バッタやセミは学習すること無しに上手に飛べます。難しい数式を駆使しなくても上手に飛ぶ方法があるという証拠です。 

それが神経系に仕込まれたアルゴリズムなのです。そのアルゴリズムにより、障害を避けながら自由に空を飛ぶことが出来るということです。昆虫や鳥の飛び方を見ていると、正直にいって人が発明した飛行機よりも洗練されています。 

よって、昆虫の脳を研究して製品の自動化、無人化を進めるというアプローチは非常に合理的なアプローチだと考えられます。

今の電子コンピュータはエネルギー効率が悪く、人の脳を再現するという試みはエネルギー的に現実味がないと考えています。最近、AI専用のチップでエネルギー効率が大幅に向上したという報道はありましたが、詳細は未確認であり、物理的にちょっと信じられません。しかし、昆虫の脳ならばすでに実現可能なレベルにあります。 

今後の自動化、無人化には、昆虫の脳のアルゴリズムを使える部分が多々ありそうです。ベースであるアルゴリズムが優れていれば、学習量が少なくても実用的なAIにすることが出来るでしょう。

ただし、ひとつだけ注意が必要です。上記のアルゴリズムを搭載したAIは安全性の面でも優れた特性を示すと考えますが、それを組み込んだ装置が故障したら役に立ちません。

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