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製品進化とマネジメント風景 第109話 工場・設備の自動化における進化と運用マネジメント

工場・プラントの自動化はこれまで独自の進化を遂げてきました。英語で表現するとFactory Automation、Plant Automationということになるので、FA,PAという略語が使われています。工場やプラントの自動化は大きな設備単位だけでなく、バルブなどの小さな機器にも及んでおり、これらはフィールド機器(Field Device)と呼ばれています。 

設備や機器の自動化をするには設備や機器と情報のやり取りをする必要がありますが、これらはIT(情報技術)とは呼ばれず、運用技術(Operation Technology)と呼ばれています。つまり、ITに対してOTと区別されているのです。 

OTもITと同じように情報を扱っているにも関わらず、なぜ、区別されてきたのか、あるいは、なぜ、別々の進化を遂げてきたのでしょうか? それは工場、プラントおよびフィールド機器の自動化の歴史をひも解けば理解できます。その話は後ですることにして、今、起こっていることはOTとITの統合です。 

これは一種のパラダイムシフトと言え、産業界、特に製造業には大きなインパクトを与えると考えられています。2010年代の中頃に、ドイツにおけるインダストリー4.0の活動が話題となりましたが、その活動も一種のOTとITの統合と言えるでしょう。 

ここで1つ疑問を持たれる方がいるかもしれません。OTとITの統合と述べましたが、歴史的に見ると、この種の統合は一方がもう一方に飲み込まれる形で進む傾向があります。今回は、どちらがどちらに飲み込まれるのでしょうか?  

なんとなく結論が見えている人も多いでしょうが、以下において、順を追ってこのテーマについて検討します。大事な点は、仮にどちらかに統合されたとしても、その流れに飲み込まれ、どこかの企業に完全に支配されるのではなく、自社の独立性を保ち続けるにはどうすべきか、そこの所に焦点を置きたいと思います。 

工場やプラントの自動化は100年くらい前からリレー制御によって行われてきました。高電圧と大電流のオンとオフで大きな機械を動作させる時には、このリレー制御がコストパフォーマンス的に優れており、今でも使われています。 

ご存じのように、リレーとは、電気信号を機械的な制御信号に変換する制御機器です。おおざっぱには機械式リレーと半導体式リレーがあります。機械式リレーの代表は電磁リレーであり、接点をオン/オフすることで使います。カチャカチャという音がするので、動いているかどうかをすぐに検知できますが、接点において摩耗が生じるので、一定期間つかうと必ず整備が必要になります。 

一方の半導体式リレーでは、オンとオフの信号を赤外線LEDで送り、それをフォトダイオードで検知し、それをトリガーとして電圧をかけて電流を流し、機械本体の動作を制御します。赤外線LEDは機械本体とは絶縁されているのでノイズは入らず、しかも、電気的な接点がないので音は出ず、摩耗も起こりません。 

大電圧、大電流を扱う点では機械式が有利でしたが、サイリスタやダイオードといったパワー半導体の性能が上がるにつれてその差は縮まりました。とはいえ、半導体は振動、温度、湿度には弱いので、悪環境から守ってやる必要があり、荒っぽい環境で単純作業を行うならば、これからの時代であっても、機械式が優位性を保つシーンは残りつづけるでしょう。

このリレー制御は工場やプラントの自動化に寄与し、日本の高度成長を支えたと言っても過言ではないでしょう。しかし、リレー回路はハードウェアだけで構成されるので、いちど設置すると簡単にはレイアウト変更することができず柔軟性に欠けます。さらに、複雑な制御を行おうとすると配線のお化けになり、複雑さに対して急速にコストが上昇するという欠点を持っています。 

生産性を高めるにはどうしても複雑な制御であり、それまでのリレー回路ではこの問題に対処できませんでした。そこで、この問題を解決するために出てきたのがPLC (Programmable Logic Controller)でした。 

PLCは、ひとことで言えば高電圧と大電流を扱えるマイクロコントローラ(マイコン)です。産業用マイコンはその仕事に従事しないと触れる機会は少ないと思いますが、ArduinoやESP32といった個人用マイコンに触れた人であればイメージが湧くでしょう。個人用マイコンの入出力電圧は3~5Vですが、PLCでは10Vや24Vなどが使われます。 

PLCによって、複雑なリレー制御をソフトウェア的に扱うことができるようになりました。逆に言えば、その後のPLCはリレー制御をそのまま置き換えるための専用コントローラとして進化してきたということです。結果として、使われるプログラム言語はラダー系に限定されました。

ラダー系言語は、PCのようなIT系コンピュータやその派生型としてのマイクロコントローラを機器制御に用いる場面でもほとんど使いません。機器の制御に用いるプログラム言語の主流はC言語系です。ただ、C言語は少し扱いが難しいので、これを簡単化したpythonの使用が現在の主流になりつつあります。 

つまり、OT系とIT系は同じ情報処理を扱うのですが、電圧・電流レベルとプログラム言語が異なっていたため、別々の道で進化を遂げてきたと言えるのです。しかし、制御したい対象が精密機械など、サイズが小さくなれば入出力の電圧を下げることができ、通常のPCやマイコンでも扱えます。そのような場面では、残る大きな違いはプログラム言語だけです。 

今の時代、学生はPCやマイコンに馴染んでおり、使うプログラム言語はC言語系です。 一方、昔からOT系機器を扱ってきた人はラダー言語系です。結果として、機器の自動化については、ラダー系言語を扱う人たちとC系言語やpythonを扱う人たちに二分されることになりました。

本コラムの前半においてOTとITの統合が進むという話をしましたが、では、この統合はどういう形で進むのでしょうか? 

個人的には、この統合は、ロボットの動向に引きずられるのではないかと考えています。ロボットもいわゆる産業機械であり、工場においては、人間と同じ程度の主役になりつつあります。ですから、ロボット開発について、生産性の高いインフラが登場すれば、それに影響されるのではないかと考えているのです。

実際にその兆候があります。それはROSというロボットオペレーションシステムが登場したからです。これは、ロボット開発の生産性を飛躍的に高めるインフラになる可能性があります。

ROSはPC上で動くミドルウェアであり、特にシミュレーション機能が充実しています。ロボット制御用のソフトウェア開発のプラットフォームとして世界の主流になる可能性を秘めていると認識しています。標準のプログラム言語はC系言語とpythonです。 

ROS上でソフトウェアの完成度を高めた上でフィールドに投入すれば開発の生産性は確実に向上するでしょう。フィールドのロボットや機器が5Vの入出力で作動するならば、わざわざPLCを介さずに直接、PC、マイクロコンピュータあるいはマイクロコントローラで制御可能です。振動、温度、湿度、電磁波などの環境が厳しいならば、半導体を守る箱に入れておけばそれで済みます。 半導体は小さいので、箱のサイズは小さく、それほど大きな追加コストにはならないでしょう。

しかし、ロボットや設備が高電圧、高電流を必要とし、PCやマイコンで動かせないならば、やはりPLCが必要となります。そういう意味で、高電圧、高電流に耐えるPLCは産業用コンピュータとして今後も生き残ると考えます。 

ただし、従来のリレー制御以外の方式も含めて最適化するならば、プログラム言語はラダー系からIT系言語であるC系言語やpythonでも動くように中身を見直す必要がありそうです。そこさえ乗り越えれば、ROSなどのIT系で開発したソフトウェアをそのまま移植できるようになります。あるいはPCからPLCを遠隔操作することもできるでしょう。 

日本はこれまでFA,PAの分野で世界的な競争力を保ってきました。しかし、技術における歴史では、パラダイムシフトが生じつつある時、強い立場にいる者は従来の強みに固執し、変化の波に乗り遅れて没落しやすいことを示唆しています。 

OTのパラダイムについても、現状を維持したまま、IT系と上手に統合しようと考える人が多いかもしれません。短期的には悪い戦略ではないと考えます。しかし、多くの場合、時間が経過するにつれて従来のソフトウェア資産の限界が重荷となり、必ず、後から出てきた新方式に追い抜かれます。 

そういう意味で、OT系とIT系の統合については、IT系がOT系を飲み込むという前提で、それでもOT系の優位性、独自性を維持できるようにはどうすれば良いのか、それを考えるべきです。

そのポイントは、OT, ITのプログラムを考える前に、その上位にある事業の実行プロセスを可視化し、そのプロセスを見直すべきです。企業としての独自性や競争力はそこにあるからです。OT, ITはその手段でしかないからです。

とは言え、手段を自由自在に扱えないと、戦略、戦術をスピーディーに実行できません。よって、手段であるコンピュータやプログラム言語の違いをスムーズに乗り越え、システムの移行を迅速に行うスキルは、これからの時代の基盤的なスキルになるだろうと思われます。

生産システム開発の責任者、製品の事業責任者、さらには経営者の立場であっても、この基盤的なスキル(あるいはリテラシー)を自身の頭で理解せずに専門家に任せきりにしておくと、いずれ困った事態に巻き込まれると思います。ご注意ください。