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製品進化とマネジメント風景 第133話  脳の情報処理能力の高さとその活用マネジメント

2024年から世の中の話題の中心は生成AIになりました。2025年も中国のDeep Seekの登場をはじめとして話題にされています。生成AIについては、別のコラムで深い議論したいと考えています。しかし、今のAIを支えるデータセンタのエネルギー消費は拡大の一途を辿っており、再生可能電力の増加分だけでなく、他分野の省エネ分をも食いつぶしている印象があり、持続可能な状況にあるようには見えません。 

生成AIの発展・成長にはその省エネ化が不可欠です。エネルギー消費を大幅に削減する手段として、例えば、電子回路の一部を光回路に置き換える動きが出始めていますが、すべての情報処理を光に変えるにはまだ、かなりの時間がかかるでしょう。それまではGPUを使ったエネルギー多消費型のAIを使わざるを得ず、エネルギー問題に不安がある以上、あと数年で成長に陰りが出てくる可能性があります。 

情報処理のエネルギー消費という観点では、人間の脳が圧倒的に優れていることが知られています。このメカニズムを解き明かし、人間のように微小な電流パルスだけ情報処理をできる、新たな回路技術がいずれ発明されるでしょう。事業化には時間がかかりそうですが、いずれはそのような超省エネの回路技術が主流になるのではないかと推測しています。 

人間の脳に関する研究は地道に進行中ですが、現時点でかなり多くの事が分かってきました。まだ、その全てをコンピュータに取り込むことは不可能ですが、少なくともその一部は産業に応用して役に立つものと考えます。 

今回は、人間の脳が非常に優れた存在であることを再確認した上で、脳が採用しているアルゴリズムの中で今すぐ利用できるもの、とその応用を中心に議論したいと思います。 

一方、人間の脳の潜在力をさらに引き出す方法も研究されています。その話はSF的に聞こえるかもしれませんが、現実に進んでおり、おそらく、近い将来、先に実用化されるのではないかと思われます。少し恐ろしい話かもしれませんが、目を背けてはいけないと思います。 

では、まずは人間の脳の優秀さの話から話を進めていくことにします。 

人間の脳の優秀さを簡潔に述べるとすれば大きく2つの点に整理できるでしょう。1つは情報の解読能力の優秀さであり、もう1つはリソース利用の柔軟さです。「何の話をしているのか?」と思う人が多いでしょうから、具体例をあげて述べます。ただし、紙面の都合上、解読能力の話に限定します。 

情報の解読能力の優秀さは、目や耳の機能が悪化して、目が見えなくなった、あるいは耳が聞こえなくなった人達への治療をしている際に偶然、発見されました。 

まずは、驚きの少ない例から始めます。年齢を重ねると、鼓膜の機能が劣化して耳が聞こえにくくなるのは常識ですが、人工的な、例えば金属製の鼓膜に入れかえる事により、以前と同等に聞こえるようになるそうです。 

経験者の話では、人工の鼓膜を入れた当初は、聞こえるのは「ズズズズ・・・」といったノイズだそうですが、数日間経過すると、それが、「おはようございます。朝食ですよ」と言った意味のある言語として聞こえるようになるそうです。 

この現象を解釈すると、耳から入った音の信号が神経の電気信号を通して脳に伝えられ、脳が勝手にその意味を理解しようとして暗号解読作業を必死に行い、暗号を解読できた瞬間から、ノイズが意味のある言葉として聞こえるようになったということになるでしょう。これらは無意識の作業であるため、本人(意識)はどういう方法で解読作業が行われたのかを全く認識できません。 

より驚きの大きいのは目のケースです。目に怪我をして見えなくなった人に、画像センサの入ったメガネをかけさせ、その出力である電気信号を舌の先に繋いだ所、しばらくしたら目が見えるようになったそうです。そして、その人は、なんとエベレストにも登頂したそうです。 

別の例では、やはり画像センサの入ったメガネをかけさせ、その出力である電気信号を椅子に入れ、椅子でそれを振動の信号に変換し、目の見えない人の腰にその振動を与えつづけた所、やはり、目の前に何があるかを言えるようになったそうです。 

これらの事実から、目が見えるとか、耳が聞こえるというのは、脳の中で、画像や音を再現し、それを脳の中で見る、あるいは聞いているということです。目そのもの、耳そのもので見たり聞いたりしているわけではないということです。だから、目のかわりに画像センサを、耳のかわりに人工内耳を使っても同じ結果が得られるわけです。 

脳は、センサからの情報があり、それを神経細胞を通して脳に伝えることができれば、その信号を解読し、意味のある情報として脳の中にモデルを作り上げることができるということです。驚くべき暗号解読機だと言って良いでしょう。 

では、脳はどうやって、この暗号解読作業をしているのでしょうか? 私が知る限りですが、そのメカニズムはまだ解明されていません。しかし、脳に情報を記憶させるメカニズムはかなり分かっています。そのメカニズムは、AIなどにも活用可能です。次はその話に移ります。 

人間の脳では、ある場所には画像情報が、ある場所には言語情報が記憶されていることは良く知られています。だから、ある特定の場所を損傷すると、例えば、「象(ゾウ)を見て、これはゾウだと頭では分かっていても、ゾウという言葉でてこない」ということが起きます。一時的ですが、実際、私の友人にこれと同じことが起きました。 

これらの事実から、脳は、「センサから入ってきた情報を何らかの形で整理し、類似のものを近くに集めて保管している」ということが推測されます。 

具体例を挙げましょう。我々は何の勉強をしなくても、動物を上手に分類しています。スズメ、鳩、トンビ、犬、猫、トラ、馬、牛という動物がいれば、これらを簡単に鳥と4足動物に分類できるでしょう。同時に、スズメと鳩とトンビは鳥であるが、しかし、大きさ、色・形、飛び方、鳴き声といった属性から異なる種類の鳥であると分類します。 

この分類を数学的に考えると、属性の数を次元とするベクトルがあり、このベクトルの似たものを鳥と判断していると解釈できます。専門家になれば、この属性の数が増えるので、ベクトルの次元はどんどん増えます。どうやら脳は多次元ベクトルの形で情報を保持して活用する術を持っているようです。その1つのエビデンスが脳のしわだと言われています。 しわにより、表面が増え、たくさんの類似情報を1つの場所の近辺に置くことが可能になるからです。

一方で、人間の意識は、多次元のモノを認識するのが苦手なので、次元を下げる必要があり、大抵は2次元レベルまで落とします。そうすれば、意識はその意味を認識し、理解できます。2次元でしか考えられない意識よりも、実は多次元で情報処理ができる無意識の方がずっと優秀である可能性がありますね。

さて、人間の意識に合わせて次元を下げる一連の作業を定式化したのが自己組織化マップです。 複雑な多次元ベクトルの情報を2次元上に転写し、そこから特徴を見つけ、将来の予測などに活用するのです。 

この自己組織化マップを事業に利用している例はいくつかあります。例えば天気予報です。多次元の気象情報をベクトル化して自己組織化マップを作成し、線状降水帯ができやすい条件を見つけ、そのような条件が出来つつあれば、警報の発令に役立てようとしています。 

材料創成の分野でも利用されています。特に、合金やポリマーアロイの分野では、組み合わせる元素の種類と熱処理によって界面エネルギーの状態を調整することにより、元素の配列が自然に整列し、特定の機能を発揮する材料を得ることができます。 

この考え方は半導体の製造にも展開可能であり、すでに模索が行われています。半導体の素子サイズがナノメートルになった以上、力ずくの製造法では消費エネルギーが増大し続けると予想されます。やはり、ものづくりにおいても、省エネな自然の力を利用する方向性が、今後、益々、発展するだろうと思われます。 

現在、AIはデータセンタと電子コンピュータに完全に依存しています。GPU市場は今は急成長していますが、いずれ、エネルギー問題によって成長速度は落ちると予想しています。電力消費問題は、光の利用や、自然の材料を使った物理コンピューティング、あるいはバイオコンピューティングによって解決される日を待つしかないのでしょうか?

暗号解読能力については、コンピュータよりも実は人間の脳の方が優れている可能性があります。よって、今日では機械学習したAIが人間を支援する、場合によっては人間に置き換える方向に進みつつありますが、本当に大事な案件については、従来どおりに人間の力をしっかりと活用すべきだと考えます。また、倫理的な壁が存在するものの、人間の脳をさらに深く研究し、AIにおけるエネルギー問題を解決すべく、得られた知見を技術的に最大限に活用するのが大事だと考えます。 

人間の脳の活用についてはすでにいくつか突飛な例が出てきています。例えば、赤外線カメラ情報を、神経細胞を通じて脳に入力すれば、夜でも目が見えるようになるでしょう。あるいは、インターネット情報を脳に入力すれば、脳は無意識にその情報を解読し、日本にいながらパリの天気を予測し、米国の株価の暴落を予測できるようになるかもしれません。 特許情報を入力することにより、特許の穴を見つけることもできるかもしれません。これらは、映画「マトリックス」でネオが格闘技を学習する場面で行われていたことですが、もはやSFではなく、現実になりつつあるということです。

また、バイオ技術、あるいはバイオと半導体のハイブリッド技術により、大きな人工脳を作り出し、それをAIとして使う方向に進むかもしれません。例えば、人工脳の一部となるデータストレージの手段としてDNAを使うことが真剣に検討されています。

 AIについては倫理による規制が欠かせませんが、今は倫理の枠がデータに集中しています。しかし、人間の脳の暗号解読能力の凄さが分かってきた以上、バイオ技術、あるいはバイオと半導体のハイブリッド技術による人工脳やその一部の要素技術開発はゆっくりと進んでいくでしょう。 10年後にはデータ規制の話よりも人工脳の開発・利用の規制の方の議論が盛んになっているように思いますが、いかがでしょうか?