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製品進化とマネジメント風景 第102話 見えないものを見えるようにする技術の進化とマネジメント

ジャック・アタリは随分前に21世紀は監視社会になると予言していましたが、正にその通りになりました。イギリスでは、特にロンドンではかなり以前から防犯を目的として監視カメラを積極的に導入していましたが、日本でも増え始め、特にコロナ禍の時期に急増した感があります。 

その目的は、防犯ではなく建屋に入ってきた人の体温を監視する用途でしたが、それはどういう人が来場したか、あるいは退場したかを簡単に記録することができるので、防犯用途にも応用可能です。特に介護・療養施設や病院においては、高熱の感染者の入館に加えて不審者が入ってくることを防ぐために強化されました。 

コロナ禍は宅配をも急増させました。その結果、私有地や集合住宅に出入りする人が急増しました。宅配人が増えるだけならば問題ありませんが、不審な訪問者が増えた所もあり、既にある道具を使って監視を強化する契機になりました。 

監視で難しいのは暗くなった夜間です。そこで、夜間の監視にも対応できるように、暗くても見えるようにする技術が開発され、製品化されました。製品が量産されて価格が下がったことにより、監視がさらに普及しました。 

ところで、コロナ禍においてはワクチン開発が喫緊の課題であり、そのためにはまず、コロナウイルスの構造も知る必要がありました。ウイルスは小さくて見えないものの代表でしたが、これを見えるようにする技術が世界中の関心を引き付けました。 

コロナ禍が終了すると、米中問題もあって半導体不足が発生して様々な影響を及ぼし、半導体の重要性が改めて認識されました。

半導体素子はもともと小さくて人間の目には見えませんが、さらに微細化が進み、まったく見えなくなってしまいました。そのため、ここでも小さくて見えないものを見えるようにする技術が関心を呼び、特に製造と検査分野の企業価値が急上昇しました。ウイルス対策と半導体の製造・検査は、今後、当分の間、注目を集めるでしょう。 

ここまで述べてきたように、見えないものを見えるようにするカテゴリの代表は、暗くて見ないものを見えるようにすることと、小さくて見えないものを見えるようにすることです。人がこの2つを追求するのは人間の本能のように思えます。時代が進んでもその追求が止むことはないでしょう。 

ここからは、まず、見えないものを見えるようにする技術や製品の話に入ります。昨今、人間が見えないものを見ようとして使うのはイメージセンサです。イメージセンサとしてはCMOS型の半導体が主流です。スマートフォン用やドライブレコーダー用はもちろん、WEB会議や防犯カメラ用、さらには産業用や医療用に使われるものもCMOS半導体を使っています。 

イメージセンサが暗くて見えないものを見るために使う方式は大きく2つに分かれます。1つ目は赤外線を使う方式です。イメージセンサの周辺に赤外線を放射するLED(光半導体)を配置し、赤外線で周辺を照らしてその反射をセンサで捉えるのです。2つ目は低照度への対応です。人間の目には見えなくても、微量の光源があれば、その光の反射を捉え、信号を増幅することにより鮮明に見えるようにできます。 

どちらも長所、短所があります。赤外線センサは、完全な暗闇でも見えるので、それは大きな長所です。最大の欠点は、イメージセンサと対象物の間にガラスがあると、ガラスで赤外線が反射されるため、ガラスの内側から外側を見ることができない点です。

これは、屋内から屋外を簡単にモニターできないことを意味します。センサを屋外に設置するには電源が必要です。電池は交換が面倒なので、電源確保のための工事が必要になります。あるいは、太陽光パネルを設置して充電する必要があります。どちらも実施できますが、手軽とは言えません。 

一方の低照度センサですが、その長所は、センサと対象物の間にガラスがあっても問題なく見えることです。欠点は完全な暗闇では見えないことです。しかし、道路の電灯など、僅かな光さえあれば驚くほどはっきり見えます。その性能は年々向上しています。よって、少しでも光がある場所であれば、低照度センサの方が扱いやすいと言えるでしょう。 

低照度センサの性能を上げる方法は色々ありますが、代表的な方法は、センサに入る光量を増やすか、光に対するセンサの感度を上げるかです。 

光量を増やすには、まず、センサの外にあるレンズの口径を増やすことが考えられますが、それだと小型化できないので、最近では別の方法が用いられています。Quad-BayerとかTetra-pixelと呼ばれる方法です。「一体それは何だ?」と思う人もいるでしょうから少し説明します。 

イメージセンサは、一般的に、正方形の形の中を4つに分け、赤と青を検知する半導体素子を1つずつ、緑を検知する素子を2つ設置し、これを1セットとして光を拾います。緑だけが2つあるのは人間の目の特性に近づけるためです。 

イメージセンサ部にはこのような正方形が多数並べられているのですが、Quad-bayer方式では、前述の1セット(4つの素子を含む)をさらに4つ集め、これを1つのクラスとして扱います。クラスには16個の素子が含まれていることになります。

昼間の光量が多いときはセットの形態で光を拾いますが、夜間になって光量が減ってきた時には、1セットに含まれる赤、青、緑の素子を、すべて赤用か青用か緑用にソフトウェアによって変更し、1つのクラスの単位で光を拾う形に変えるのです。

 その結果、1つのクラスは、赤と青のセットが1つずつと緑のセットが2つを含むことになります。赤、青、緑を拾うセンサ部の面積を最小単位の4倍に拡大するということです。これがQuad-bayer方式と呼ばれるものです。解像度を下げることによって光量を増やし、暗くても見えるようにする方法です。 

最近のスマホにはカメラが2つ付いていますが、光量を増やすという意味では同じです。ただ、カメラの数は固定化されているのに対し、イメージセンサの内部では、周囲の光量に合わせてセンシングの単位を減らしたり増やしたりと自動的に切り替えているのです。

Quad-bayer方式は赤、青、緑を拾うセンサ部の面積を最小単位の4倍に拡大しましたが、これを16倍にしたのがTetra-pixelです。原理は全く同じです。光量はさらに増えるので、より暗い所でも見えるようになりますが、代償として解像度は低下します。 

他方、感度を高めて見えるようにする方法の代表がリセットゲートレス(RGL)方式です。これは光子から電気に変換する際のゲインを高めることで感度を上げています。光を電気に変えるセンサはフォトダイオードですが、そこから転送された電荷を蓄積する場所があります。この電荷を蓄積する容量は感度と反比例の関係にあることがわかっています。よって、この蓄積する場所を無くして感度を高めたのがRGL画素です。RGL方式では、解像度を下げずに低照度環境のモニターをすることが可能であり、主に産業用に使われています。 

以上で暗さを克服する話を終え、ここからは小さく見えないものを見えるようにする話に移ります。ご存じのように、小さくて見えない理由は光の波長による回折限界があるためです。可視光で照らした場合、回折限界による解像度は200nm程度です。だいたいですが、照射する光の波長の半分くらいまでは識別できるということです。 

200nmの解像度があれば普通の用途では困りません。しかし、相手がウイルスや最新の半導体の場合にはこの解像度ではまったく不十分です。より小さなものを見るには、より短い波長の光やそれに代わるモノを照射する必要があります。 

光の波長を考えると、いわゆる可視光の一番短い波長は380nm付近にあります。そこまでは人の目で見えるのですが、それよりも波長が短い紫外線になると見えません。紫外線もいくつかに分類されています。近紫外線は380~200nmの波長、遠赤外線は200~10nmとされています。それ以外にも、極端紫外線(EUV)という分類があります。EUVの定義はやや厳密性を欠きますが120~10nmの範囲とされています。最新の半導体製造では13.5nmの波長のEUVが使われています。 

光と呼べるのはこの辺で終わり、この先に来るのはX線です。光もX線も電磁波ですがX線は光とは呼びません。X線の波長は0.01~1nmです。光は人の身体に当たると反射か吸収されます。しかし、X線は波長が非常に短いので人の身体を透過できるので健康診断に使われます。 

さらに小さいモノになるとX線でも解像できないので電子線を使います。電子線の波長は0.001nm以下であり何でも見えそうですが、実際は、観察対象に蛍光物質を含侵させ、電子線がその蛍光物質に当たった時に発する光を観察しています。 

電子線は極小のものを見る手段ですが電磁波とは大きく異なります。最大の違いは質量の有無です。電磁波は質量ゼロですが電子線は質量があります。質量があり、そのエネルギーレベルも各段に高いので、電子線を当てると観察するモノにダメージを与え、損傷してしまう可能性が出てくるのです。ちなみに電子線のエネルギーは、X線の100倍、EUVの1000倍、可視光の2万倍くらいです。 

また、光や電磁波は非晶質(ガラス)を透過できますが、電子線は透過できず、反射するか吸収されるかです。この特性は検査という目的を邪魔する場合があります。 

ウイルスの1粒を観察しようとしたら、サイズを考えると電子線を使いたくなります。ただ、電子線を当てて見るといってもそのままでは見えないので、ウイルスに蛍光物質を含侵させます。蛍光物質は電子線が当たると光るのでこの光を観測するわけです。 

「光は回折限界によって解像度に制限があり、電子線を当てても解像できないのではないか」と思う人がいるかもしれませんが、回折限界以下を見る抜け道があるのです。それは、光った部分(通常は円形)の中心位置に電子線が当たったと推定できるからです。この推定した点をソフトウェアで繋ぎ合わせると、ウイルスのような小さなものの構造を人が見て理解できるようになるのです。ただ、時間が掛かります。ウイルス研究には適していても半導体の量産検査には向いていないでしょう。

半導体の検査では製造した時の光の波長で検査をしています。EUVで製造したら、EUVで検査するということです。これは、検査の効率、生産性だけでなく、不良品を見つける上でも適しています。 

電子線のように、より解像度の高い方法で検査すれば、より正確な結果を得られるのではないかと思いがちですが、そうではないと報告されています。 

半導体は多層構造ですが、非常に小さなゴミや欠陥によって周期性が失われることがあります。位相欠陥と呼ばれますが、これを探知するのは電子顕微鏡でも難しく、むしろ製造で使った波長で検査すると、反射方向の乱れから欠陥を探知することができます。また、半導体製造プロセスでは、異物の付着を防止するために一時的な膜を付けて防護することが多いですが、電子線はこの膜を透過できず、その膜上に付着したゴミを欠陥と勘違いしてしまうことも報告されています。 

電子線が電磁波ではないことが、検査において致命的な短所になる場合があるという具体例の1つです。 

さて、見えないものを見えるようにする話をしてきましたが、実は、見えるようになった後に別の問題が待ち構えています。見えるようになったのは良いが、画像量が多くなりすぎて、次第に人間の手に負えなくなるからです。

たとえばカメラ動画のようなものならば、人は早回ししてそれをチェックすることになるでしょう。防犯カメラ映像ならば、経験的に16倍速くらいまでならば重要なイベントを見逃すことはありません。しかし、もし12時間の録画に目を通すならば40分もかかります。

これを長いと考えるかどうかは立場にも依るでしょうが、やはり面倒です。今はAI時代ですから、当然、AIを使いたくなります。実際、録画した画像の中で重要なイベントが発生した所だけをAIに識別させ、後からイベントの所だけを見るのが良さそうです。実際、そういうソフトウェアは簡単に自作できます。 

小さくて見えないものを見えるようにする話についても、結局の所、時間に対するスループット、つまり生産性が重要であり、こちらもAIを組み込んだソフトウェアを使うことになるでしょう。 

そう考えると、「見えないものを見る」ことの品質は、最終的にはソフトウェアやAIの品質問題になると言えそうです。ソフトウェアの品質保証が重要だということは誰もが承知しているでしょうが、その管理は意外と難しいものです。 

なぜなら、ソフトウェアは簡単に改良できるため、常に発展途上であり、どんどんバージョンアップされていくものだからです。その際、メインの改良に加えて、良かれと思って小さな細工が組み込まれる場合があります。小さな細工は品質保証にとっては悩みのタネになりえます。

一般に品質保証は、やるべき事を決められた通りに実施したかどうかをチェックするプロセスです。やったかやってないかを重視し、実施された中身については深くチェックしません。だから、中身に詳しくない人でも実施が可能なのです。 

ソフトウェアに詳しくない人が品質保証を担当したら、おそらく小さな細工には気付かないでしょう。そういう意味で、ソフトウェアの品質保証は、従来のハードウェアの品質保証とは異なる人材やマネジメントが必要になる可能性があります。貴社ではソフトウェア品質保証をどのように実施していますか?