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製品進化とマネジメント風景 第131話  21世紀のキーワード『自己組織化』の活用マネジメント

「自己組織化」という言葉があります。外部からの干渉や制御なしに、システムが自律的に秩序や構造を形成する現象を指します。個々の要素の相互作用によって、全体として複雑で組織的な構造が生まれることとも定義されています。

いわゆる複雑系の源ということになるのでしょうが、いくつかの産業分野では、今後、自己組織化が発展の重要な鍵になると考えられています。具体的には2つの分野に焦点が当てられています。 

1つ目は、多くの人がすぐに気付いている分野ですが、ミクロレベル、ナノレベルの構造を制御しながら安価に製造し、人間にとって役に立つ機能を発現させるという分野です。例えば、医薬品、機能材料、半導体などがその代表例です。 特に、半導体は2ナノメートル以下のサイズの世界であり、人間の道具による力づくの方法だけでは制御できない領域に入りつつあります。

自己組織化という言葉から最初に連想するのは結晶や細胞だと思います。雪の結晶が自己組織化の原理により作られることはご存じでしょう。「自然現象の中には、時に、ミクロレベル、ナノレベルの構造を自動的に作り上げる場合がある」ということを人は経験的に知っているので、自己組織化を上手に活用すれば、これまでにない新しい機能を安価に生産できるという発想は自然です。

2つ目は1つ目とはかなり異なる分野です。地球上には、いまだに人間にとっては複雑すぎて整理することすら出来ない事象、現象がたくさんあります。例えば、市場の動向、気候変動、生態系の変化、次の大規模感染症の発生などですが、これらの複雑な事象、現象を取り扱えるようにするための手段としてデータサイエンスがあり、これが2つ目の分野です。

データサイエンスの力を十分に発揮するには、情報を適切に整理する必要があります。 情報を整理した上で眺めると、その裏に隠されたロジックを見つけ出せる可能性が高まります。そして、裏にあるロジックを特定できれば、未来を予測する、あるいは、ロジックのパラメータを制御しながら使いこなせる可能性が出てきます。しかし、情報を整理するといっても何らかの指針がないと整理できません。整理できなければ、データはゴミと大差ありません。

グーグル社などは、この問題を扱うために、人間同士のインターネット上でやり取りやgoogleに入力した質問などのデータをすべて保存していると言われています。これらはゴミにも宝にもなる可能性を秘めています。ゴミになるか宝になるかの境目は、何を目的としてデータをどう整理するかの指針の設定です。 

その指針を探り当てるための方法の1つとして自己組織化の原理があります。ただ、多くの人は、「市場や地球の気象あるいは生体系のような複雑なものを、認識する、あるいは制御するのに、本当に自己組織化の原理が役に立つのか?」という疑問を持たれるでしょうから、以下に簡潔な説明を記載しておきます。 

自己組織化は細胞レベルのような小さな世界の現象として始まっていますが、個々の生物は細胞の集合体なので、1つ1つの細胞の影響から無関係ではいられません。人間ひとり一人についても自己組織化の影響を必ず受けているということです。 

次に多数の人間が集まって作り出している社会ですが、ひとりの人間を細胞に見立てれば、これもまた自己組織化の結果として生み出されたものとして解釈することができます。人間社会以外を含む地球の生態系についても同様です。実際、生物や社会の進化が起こるのは、自然淘汰というよりも、むしろ自己組織化の結果だと考える科学者が増えつつあります。 

気象についても、大きな影響を及ぼす雲は、雪のような水や空中にある物質を核として形成されますが、その形成される時にやはり自己組織化が寄与しています。つまり、地球上の生物、無生物を形成する源には自己組織化の原理が隠されており、直接、間接に影響を及ぼしていると推定できるのです。

そこで今回のコラムでは自己組織化を取り上げ、製品事業にどのように役立てられるのかを議論していきます。 

本題に進む前に『自己組織化』とは何かを復習しておきましょう。その定義は切り口で多少変わるのですが、筆頭に来るのは「ランダムから秩序へと自分で組みあがっていく現象」というものでしょう。 

熱力学を勉強した方は、「自然は秩序からランダムへと向かう(エントロピーは必ず増加する)」と教えられたと思います。しかし、この学問では自己組織化を適切に説明できません。例えば、水と油を混ぜると両者が混ざり合うことはなく、水の上に油の膜ができます。これは自己組織化現象の1つですが、熱力学の視点からは自然の原理に反した現象ということになってしまいます。

細胞膜は上記の水と油の原理を使って自己組織化をしています。細胞膜は片方に親水基、もう片方が疎水基となっており、親水基同士、疎水基同士はくっつくが、親水基と疎水基は反発する特性があるので、放っておいてもこれらは整然と並ぶのです。結果として、ランダムではなく、ある種の秩序が作られるわけです。 

これを一般化すると、引きあうモノと反発するものが両端にあれば、それらは自然に整列するという原理があるということです。これは細胞膜だけでなく、自然界の様々な場面で起こっている現象です。人間社会の中でも類似のことが起きています。似たものが集まり、異なるものを排除しようとするのはその一例です。

多様性とは逆の方向ですが、似たモノが集まるのはエネルギー的に安定な状態にあるので、そのような状態が生じやすいと解釈できます。一方で、安定な状態は変化に抵抗するので進化しにくいとも言えます。よって、多様性の重視という概念は、不安定な要素を意図的に取り込み、変化や進化の促進を図る活動とも解釈できるでしょう。 

以降では、自己組織化を活用した機能やその機能を活用した製品の具体例を概観します。まずは微細構造の制御によって特殊な機能を持つようにするモノづくりの例から始めます。  

生態系では自己組織化の力を利用して、特殊な機能を自ら作り上げています。例えば、表面に規則的な形状を作り、ある種の機能を発現し、それによって生存性を高めています。以下はよく知られた例であり、それを製品に応用して事業化したものもあります。 

ハスの葉は強力な撥水性を生じる表面形状を持っています。撥水性が弱いと水が付着し、寒いと凍り付くのですが、撥水性が高いと氷の元となる水滴が付着できません。ハスの葉の表面構造を真似た表面を付与して製品に付加価値を向上する活動があります。屋根に雪が付着しないようにするシートや氷が付着しない飛行機の翼などです。 

蛾の目(モスアイ)は微弱な光でも検知できる特性を持っています。通常の生物の目は、その表面で光が反射し、目の奥に届く光はかなり減りますが、蛾の目の表面は特殊な形状をしていて反射を防ぎます。あたかも低照度カメラのように、人の目には暗くても明るく見えるということです。この機能を製品に付与した例として、展示用のガラスフィルムがあります。このフィルムを張ると、ガラスケースに入れられていても、まるでガラスがないように見えるのです。 

サメ肌は水中を泳ぐ時の抵抗を減らします。流体の抵抗は、層流時には低く、乱流時には高くなるのは良く知られています。層流を維持できれば良いのですが、層流はちょっとした擾乱によって、突然、乱流化してしまうケースがあります。そのため、人間が流れを層流に維持しようと考えた時、最初に思いついたアイデアは、何らかのエネルギーを使って力づくで流れを層流化しようというものでした。 

これに対して自然界は力づくの制御はせず、別の道を見つける傾向があります。サメ肌によって層流と乱流の間に存在する安定な状態を見つけ出し、この状態によって抵抗を下げるという方法を採りました。この点が人間の意識的なアプローチとの大きな違いです。ちなみにオリンピックの水泳選手がこの種の製品を使って記録を伸ばし、一時、大きな話題になりました。 

工業の大量生産では、異種のポリマーを均一に混合する場面や合金製造の場面でも自己組織化を応用しています。また、先端的な分野では、味覚センサ、半導体製造、蓄電池の急速充電などの分野への応用が進みつつあります。 

微細構造が特別な機能を発現する機能材料や半導体、あるいは化学センサの分野では、今後も自己組織化の利用が大いに進む可能性があります。より詳しくは別の場で議論したいと思います。 

ここまでは、自己組織化の原理を使って特殊な機能を発現させるモノづくりの話でした。これらは製造業への貢献が期待できます。 

一方、より広い範囲の事業への活用が期待できるのがデータサイエンスへの応用です。その中には、製造業に役立つものもありますが、事業や製品・サービスの企画、さらには経営企画といった従来は人間しか実施できなかった分野への貢献も期待できます。 

イメージが湧きやすい話から始めましょう。それは製品やサービスの検査への応用です。自己組織化の原理を、良品か不良品かを見分ける検査方法に適用すれば、人間の検査員はもちろん、今の主流のAIである畳み込みニューラルネットワークよりも、柔軟性が高く、より広い範囲への展開を容易に実施できる可能性があります。

その一番の理由は、自己組織化の原理をAIに適用した時、その学習は教師なしに出来るからです。教師あり学習が必要な畳み込みニューラルネットワークと比べて、事前の準備はずっと容易になります。学習データさえ用意すれば、疲れを知らないコンピュータは24時間体制で学習します。教師あり学習のAIと比べ、水平展開に対する手間は激減します。

事業や製品の企画あるいは経営企画という活動は、今日ではまだサイエンスというよりもアートの世界に属しています。 

過去の情報を分析して参考にすることは可能です。しかし、分析する情報として何を選択するかは人間の直感に依存しています。つまり、直感がデータサイエンスの指針になっているのです。

データサイエンスの目的の1つが未来の予測です。短期的予測については、これに影響を及ぼす情報の選択は、人によってそれほど大きな差にはならないだろうと推測しています。

一方、中長期的に影響を及ぼす情報の選択は、人によって大きな差が生じると考えられます。そして、選択した情報により、中長期の予測結果は大きく変わりえます。中長期の予測に関しては、分析する情報の選択が最も重要であり、そこはまだ人間の直感に依存しているので、サイエンスというよりもアートと言えるのです。 

事業や経営の企画の予測精度を高めるには、社会の変化を出来るだけ正しく反映することです。未来における変化の予兆は、必ず現在と過去の間に存在しているものです。それは歴史を紐解けば、後追いとはいえ、何が歴史的な大変化の予兆だったかをはっきりと認識できます。しかし、当時の人々の中で予兆に気付いていたのは少数派であり、多数派は歴史の波に飲み込まれた感覚で日々を過ごしていたでしょう。 

これからの時代についても同様です。注意を怠れば変化の予兆を見逃し、歴史の波に飲み込まれることになります。やはり、データサイエンスを活用し、複雑なデータの山の中から、自社の事業に中長期的に影響する針のような手がかりを見つけ出す必要があります。手がかりが適切であれば、その予測が的中する確率は高いでしょう。 

適切な手がかりを見つけたとしても、それだけでは不十分です。その手がかりに影響を及ぼす様々なモノやサービスのチェーン(鎖)を見える化することが不可欠です。 よくある話は、優れた技術を発明したにも関わらず、適切なサプライチェーンを築けず、量産段階でコスト競争に負けて事業に負けると言うパターンです。それだけは避けたいですよね?

畳み込みニューラルネットワークを適用したAIでは、時々、なぜ、こういう結果が出てきたのか人間に理解できない場面が生じます。 理解できないと判断できないですよね。これに対し、自己組織化アルゴリズムは人間の大脳にも採用されているので、出てきた結果は、人間の直感と相性が良いと考えられます。

直観の裏には必ず何らかのロジックがあるので、後からゆっくり検討すれば、そのロジックにも気付くことができるでしょう。そうなれば人間心理の観点からも納得でき、非常識な内容であっても一歩を踏み出せるようになるのではないでしょうか? それ故、自己組織化が21世紀のキーワードになるのではないかと考えた次第です。