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製品進化とマネジメント風景 第65話 CO2直接空気回収技術の進化と大気マネジメント

昨年10月31日から11月13日まで開催されたCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)では、産業革命前からの気温上昇幅を1.5℃に抑える努力をすることは決まりました。しかし、本気で1.5℃を目指すとなると途上国もCO2排出量を減らす必要があり、先進国から十分な資金援助が必要となります。

しかし、COP15で設定した資金援助の目標が未達に終わったことが課題として取り上げられ、先進国は途上国から批判されました。その結果、石炭火力発電や化石燃料への補助金の段階的廃止に関しては、当初の議長案から表現が弱められました。

日本国内では、1.5℃達成の必要条件である2050年実質カーボンニュートラルを目標とする自治体や企業が増えてきましたが、途上国の同意が得られず、条約の公式文書には記載されませんでした。

先進国は、途上国が大量にCO2を排出し始める前からたくさん排出していたので、その部分に対する責任は逃れられず、途上国の言い分は考慮せざるを得ません。よって、当分の間、途上国からのCO2排出量の減り方が抑制されるわけで、本気で目標を達成するつもりならば、先進国が今以上にCO2排出を減らすか、あるいは、大気中のCO2そのものを減らす必要があるということです。

こう考えると、今日議論されているCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)だけでは不十分であり、何らか積極的に大気中のCO2を減らす対策が必要になりそうです。

大気中のCO2を減らすコンセプトとして2つが議論されています。1つはBECCS: Bioenergy with Carbon Capture and Storageであり、もう1つがDACCS: Direct Air Carbon Capture and Storageです。

前者は、人間がエネルギー消費等で排出するCO2を捕獲して大気に放出させないようにしつつ地中などに貯留する。並行して地上では植林などによって植物にCO2を吸収させてCO2濃度上昇を抑えようという考え方です。これに対して後者は、人間の技術力で大気中のCO2を直接捕獲し、貯留しようという考え方です。

過去100万年間をマクロに眺めると、CO2濃度は減少する一方だと多くの科学者は認識しています。ただし、直近の200年くらいは急増しているので、これは人間の活動の結果だと推論されているわけです。

CO2濃度が減りすぎると、実は氷河期に入ってしまう可能性もあり、人間によるCO2増はそれを避けているという指摘もあります。その考え方も一理ありますが、過去200年のCO2上昇ペースは高すぎるので、やはり抑制し、これ以上増やさないようにすべきという考えの方が妥当でしょう。

BECCSでは、植林するために広大な土地が必要とされます。一説では、インド大陸と同規模の広さに木を植える必要があるとのことです。緑を増やす努力は意味があると思いますが、さすがにこの目標は高すぎるように思います。そうすると、CACCSもやらざるを得ないのではないかとなるわけです。よって、今回はCACCSをテーマとして議論していきます。

CO2直接大気回収(CO2 Direct Air Capture、以後DAC)の技術は、歴史的には、潜水艦、宇宙船および宇宙ステーションという密閉空間用の技術として1950年代から実用化され、進化を続けてきました。潜水用と宇宙空間用では、当然、進化経路は異なるのですが、原理は同じであり、参考になります。

大気中のCO2濃度は、今日、約400ppmですが、人間が活動する上でのCO2濃度の許容限界は5000ppm、つまり0.5%と言われています。換気の悪い部屋のCO2濃度が2000-5000ppmと定義されており、このレベルだと、人によっては眠くなったり頭痛がしたりしますが、何とか活動可能と言われています。

潜水艦では、当初、液体アミンを使う液体吸収方式が使用されていました。この方法だと、CO2濃度は5000ppmよりも下げることが困難でした。よって、高濃度なCO2に耐性のある人しか任務に付くことができませんでした。その後、後述の宇宙用の技術開発からの波及があったと推測していますが、1980年代にはアミンを樹脂に担持した固体アミン吸収剤が開発されました。

通常、液体吸収の方が固体吸収方式よりも高い吸収率を示すものですが、技術全体が向上したのでしょう。固体吸収方式によって2000ppmまでCO2濃度を下げることが可能となり、CO2耐性はかなり緩和されました。固体吸収方式の良い所は、CO2の吸着エネルギーが低いので、別途、熱処理をすることによりCO2を放出し、吸収剤を何回も再生して使用できることです。これにより密閉空間に長期滞在できるようになり、原子力潜水艦に応用されました。

次に宇宙用のCO2回収技術の進化を見ていきましょう。米国では、1858-1963年に運用されたマーキュリーにおいて既にCO2回収技術が開発され、これが後続プログラムであるジェミニ(1961-1966年)およびアポロ(1961-1972年)に引き継がれました。ここではアルカリ水酸化物であるLiOH溶液がCO2捕獲に使用されました。当初は使い捨てされていました。しかし、アポロの頃になると滞在期間が長くなったため、再生が必要となり、シリカゲルも追加利用することにより、10日間レベルまで使用期間を延ばして利用されました。

宇宙ステーションではもっと長い滞在期間が必要となります。Skylabでは最大84日間の滞在が要求されたため、LiOHとは別の方式が模索されました。出てきたのが、アルミノケイ酸塩であるゼオライト固体吸収剤です。この方式は約260℃に電気加熱することにより水分除去をして再生利用できるようになります。Skylabでは170日間もの長期間、故障なしに機能しました。

その後の宇宙ステーションであるISS (International Space Station)では15年間の耐久性が求められました。Skylabの固体吸収剤方式はISSでも踏襲されました。ただ、水分除去のためのエネルギー消費量が多く、省エネが要求され、そのための努力がなされました。その結果、約260℃を約130℃まで下げることが可能となり、これが適用されました。潜水艦では安価な固体アミンが使用されましたが、寿命が3~5年と短いため、長期滞在用の宇宙ステーション用には向いていませんでした。

今日、DACを事業化しようというベンチャーがいくつか出てきました。これからそれらを見ていきますが、彼らが使用している技術を見ると、前述の潜水艦と宇宙用に開発された技術を基礎としています。やはり、技術の進化は、突然発生するものではなく、以前に存在していた技術の改良から始まり、その技術が限界に達すると、それまでの知見を基にして別の技術を探索するという道を辿るのだということが分かります。

DACの具体的な方式は大きく2つに分かれます。液体吸収方式と固体吸収方式です。液体吸収方式では、宇宙用に使用された水酸化リチウムは使用されていませんが、類似の水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウムが使用されています。固体吸収方式では、アミンをセルロース繊維に担持する方式や多孔質シリカにアミンの改良剤を担持させる方式が開発され、実証試験をしています。どちらも、潜水艦や宇宙船用の技術をベースにしているのが分かるでしょう。

液体吸収方式と固体吸収方式を比較すると、液体方式の方がCO2を大量に吸収させるのには適しています。しかし、酸性であるCO2とアルカリ性である液体剤との結合エネルギーが大きいため、液体に吸収されたCO2を分離するには900℃レベルの高温環境が必要であり、当然、投入するエネルギーが大きくなります。

これに対して、固体吸収方式はCO2を吸収するために液体方式よりも広い面積が必要となりますが、吸着されたCO2の分離温度は液体方式よりもかなり低く抑えられます。例えばモノエタノールアミンでは約130℃です。固体吸収方式を使った事業者間の競争は、このアミン剤を改良し、より低い温度でCO2を分離し、吸収剤を再生できるようにする方向で行われています。既に100℃は実用化されており、90℃でも実現したという事業者も出てきている状況です。よって、ライフサイクルコスト面では固体吸収方式が有利だろうと推定できます。

では、CO2吸収コストは現在どれくらいで、今後どうなりそうかという話に移りましょう。ここでは、CO2限界削減費用という話が重要となります。定義としては1単位当りのCO2を減らすために必要な費用ということになるのですが、この数字は前提で変わってくるので非常に分かりにくい。とりあえず、日本では目安として16000円(約150米ドル)くらいの数字が議論されていることを言及するに留めます。

2020年時点では、前述の固体吸収方式でも200米ドルくらいの費用がかかるという予想が出ています。ただ、100℃以下の温度で処理ができるならば、低温の排熱を使えるので、その部分のコストを低減できます。技術の向上と合わせ、2050年には100米ドルを切るという予想も出てきています。

コストの予想というのはあまり精度の良いものではありません。実際、太陽光発電のコスト予測は完全に外れました。2008年時点に、専門家によって2030年時点の発電コスト予測が行われました。太陽光発電推進派も多数含まれていました。予想は、2030年に1ワット当り1ドルを切る確率は極めて低いという結果だったそうです。

現実はというと、2022年時点で最安値では1ワット当り1米ドルを切る所も出ています。良い意味で予想が外れたわけです。もちろん、安くなると予想してそうならない場合もあるでしょう。コストの長期予測は難しいものであり、実際に挑戦してみなければ分からないというのが本当の所なのでしょう。

大気からCO2を直接吸収して減らす事がいずれ必要になると思います。ただ、技術の進化も途上であり、まずは排出ペースを落とさなければなりません。その時、急に止めろというのは無理なので、何らかエネルギー源が必要です。

再生可能エネルギーを増やす努力は当然するのでしょうが、とても人間のニーズを満たせるようになるには少なくとも20年はかかるのではないでしょうか。だとすれば、既存の技術でCO2排出を大きく抑制できるものが必要です。そうなると選択肢として出てくるのは原子力発電ということになるでしょう。実際、フランスはその方向に進むことを明言しました。

人の造るものに完璧なものは無いので、完全な無事故というのは考えられません。必ず事故が発生するリスクがあります。今の原子力発電所はサイズが大きいこともあり、事故を起こすと被害が非常に大きくなります。

ただ、過去、スリーマイル、チェルノブイリ、福島という3つの大きな事故を通して貴重な経験、教訓を得ています。何の実績もない新技術よりも、実はよほど安全だと言えるではないでしょうか。あとは、万が一事故を起こしても、生じる損害が現状の原子力発電と比べてずっと小さく抑制できるようにしたならば、社会は受け入れると思います。これについては別途議論したいと思います。

気になるのは、大型の原子力発電所であっても絶対に安全だと主張する人達がいます。私の目から見ると、そういう人達は奢れる人達であり、「奢れるものは久しからずや」という運命が待っていることを歴史は証明しています。原子力に限らず、もし、自社が奢っている可能性があると思ったならば、是非、ご相談ください。どこに奢りがあるかを可視化いたします。