製品進化とマネジメント風景 第132話 自己組織化を活用するものづくりマネジメント
半導体の微細化が進むとともに、その製造装置の価格が指数関数的に高騰しているのは周知の事実です。歴史は、そのような高騰化が持続可能でないことを示唆しています。
設備価格が急激に高騰化した時には、必ず代替手段が研究され、実用化され、設備のインフレに歯止めが掛けられてきたからです。当然、半導体の製造装置の分野でも同じことが起こると予想されます。
自然は、自己組織化の原理を活用してナノメータ級の機能構造を、安価でしかも高精度に作り出す仕掛けを見つけ出しました。そして、それを生物や無機物に適用して実用化してきました。人間はそれを見て、いくつかの機能材や半導体の製造において、自己組織化を利用できるようになってきました。
しかし、殆どのものづくりでは、人間は、大量にエネルギーを消費する力づくの製造法を選んで実施してきました。消費するエネルギーは自然の数万倍であり、脱炭素化の時代になって振り返ってみると、あまり賢い製造法でなかったことが分かってきました。 そこで省エネルギーの製造法を考え始め、今、自然に学ぼうとしています。
まだまだ序盤戦の状況ではありますが、自然が多用している自己組織化の原理を製造法に本格的に応用する前段階くらいには来ているように感じます。例えば、ナノインプリント技術はその一つの表れだと言えるでしょう。
今のナノインプリント技術が対応できる微細化は10nm級であり、最先端のEUVによるリソグラフィーの微細化には劣ります。加えてインプリントに使う金型の造り方も、エネルギーを大量消費しながら力づくの製作をしている状況にあります。しかし、今後、半導体の製造コストを大きく低下させる潜在性を感じさせます。
ナノインプリントは、まず、基板上に液状あるいは柔らかい樹脂を塗布して膜を作り、その上から、事前に造り込んだ凹凸パターンのモールドを押し付け、パターンを転写する微細加工技術です。これまでの所、2つの方式が発明されました。熱ナノインプリントとUVナノインプリントです。
歴史的には、熱ナノインプリントの方が先に発明されました。基板に熱可塑樹脂の薄膜を塗布し、それをガラス転移温度よりも少し高い温度に上げて樹脂を軟化させます。その後、モールドで加圧します。その状態で冷却して樹脂が硬化するのを待ち、モールドを除去します。モールドの凸部で押した部分は、非常に薄い膜になっており、これを除去する場合には化学的なエッチング等により除去して基板表面を出します。
これに対してUVナノインプリントは、基板上に紫外線で硬化する特殊な樹脂の薄膜を塗布します。この樹脂は常温でも粘度の低い液状のものを使います。これを透明な材料で製作したモールドを押し付けて変形させ、その上から紫外線光を照射して樹脂を硬化させ、最後にモールドを外します。
両者の違いは、熱を使うか紫外線を使うかという所にありますが、製造環境として、熱式は大気中で行い、UV式は真空中で行います。また、熱式は温度を室温から数十℃上げますが、UV式は室温で行うことができます。
半導体のように精密性が求められ、しかもゴミに弱い製品ではUV式の方が適していると言えるでしょう。UV式は常温で製造できるので、熱伸び差も抑制しやすく、ステップ&リピートにより大面積のインプリントを行うことも可能です。
ナノインプリントの要素技術は、通常、以下の6つに分類されています。モールド、離型処理、モールドの複製、モールドの洗浄、転写材料および転写装置です。
ナノインプリントは、型を押し付ける所に特徴があるので、まずはモールドの製造・複製と離型処理の所について少し深く検討します。また、スループットを向上するために必要な事項についても視ていきます。
モールドの微細構造は、通常、レーザーや電子線によって製造されます。ここはまだ、力づくの製造方法を用いているため高価です。高価ですがモールドは元来、消耗品です。型のコストを下げるために、高価な型は母型とし、この母型からレプリカを作り出し、量産工程ではこのレプリカが用いられます。
熱式では、通常、母型はシリコンですが、レプリカは耐熱性のあるニッケルや耐熱性のある樹脂が用いられます。UV式では母型は石英が多いですが、レプリカは透明性の高い樹脂やシリコンゴムが用いられます。型については、レプリカを用いて製造コストを抑えているわけです。
モールドで押し付けるタイプの製造法で必ず問題になるのが離型処理です。昔ながらの鋳物や鍛造でも同様です。ナノインプリントは熱式であってもあまり高温にならないので、いわゆるテフロンコーティングを行います。テフロンコーティングに馴染みのある方は多いと思いますが、このような微細な製造法の所でも役に立つのですね。
モールドで押し付けるタイプの製造法でスループットに影響するのは、モールドを押し付けている時間です。ナノインプリントの製造時間のうち、最も時間が掛かるのはこの部分です。
熱式の場合には冷却を待つ必要があり、UV式の場合には光硬化樹脂に含まれた気泡が消失するのを待つ必要があります。後者については、気泡が大きく成長すると製造の邪魔になるため、気泡を拡散しながら外に追い出すことが重要であり、そのような特性を持つ樹脂にニーズがあります。
以上、ナノインプリントの製法について述べてきましたが、以降ではこれらを適用した製品をみていきます。
応用例は色々ありますが、分類すると3つあります。第1は光学レンズ分野です。いわゆるモスアイ機能をマイクロレンズに付加し、反射を防止するのです。例えば、テレビなどの液晶画面への応用が行われています。
個人的な話ですが、運動不足解消のためにエアロバイクに乗りながら、タブレットを用いてドラマや映画を視聴しています。古いタブレットであることもあり、画面は照明を反射しやすく、良く見える位置は非常に限定されます。照明の位置は変えられないので、エアロバイクの場所を変えて調整せざるを得ませんでした。結果として、最適とは言い難い位置に置く事になり、色々と不便を感じていました。このような時、反射防止機能のフィルムがあれば、悩みをすぐに解決できます。
偏光フィルムに応用した例もあります。これは赤外線センサや赤外線カメラに適用されています。長期的に減少を続けてきた強盗の数がここ数年で増加に転じたこともあり、防犯グッズが売れています。その中でも、夜間の監視が可能な赤外線カメラはその代表格であり、高い需要があります。 これは良いビジネスになりそうに感じます。
マイクロレンズの応用例として太陽光パネルに付加するものも事業化されています。これにより、曇の日や朝夕における発電量が増え、トータルで5~10%の発電量増が得られると言われています。 私も太陽光発電をしていますが、個人的には5%増のレベルでは食指が動きません。付加機能を非常に安く提供しないと売れない可能性があり、良いビジネスになるかどうかは疑問が残ります。
第2の分野はバイオ関連です。超撥水、超親水シートや抗菌シートなどが事業化されています。個人的には抗菌分野に潜在性を感じています。
抗菌の定義をキチンと述べると、「殺菌または静菌作用により、製品表面における細菌数を無加工品と比べて二桁以上低く抑えること」とされています。二桁下げるのだから効果が大きいのですが、実は耐久性についての定義がないので、その点は注意です。すぐに効果がなくなるものでも、抗菌性があると主張して構わないからです。
抗菌性は、薬剤や金属イオンを表面に担持させる方法のほか、物理的に特殊な表面形状にすることでも得られます。薬剤等を担持させる方法は、それらが消耗すれば効果を失いますが、表面形状ならば、材料を工夫することにより長期間効果を維持することが可能です。
この表面形状を作るのにナノインプリントが使えるわけです。どういう形状にすれば良いのかと言えば、セミやトンボの翅の形状を真似するのです。セミやトンボの翅の表面には100nm級の柱が林立しており、細菌が付着してもこれらの柱が最近の身体を貫いて死滅させるのです。ただし、効果があるのは細菌だけでウイルスには効きません。
ウイルスは小さすぎるので、上記のアプローチは難しく、表面に付着させないようにするアプローチの方が良いと考えられています。超疎水性の表面にして付着を避けるのが良いか、あるいは超親水性にして洗い流してしまうのが良いのか、生活環境によっても適、不適は変わると思いますが、コロナ禍のような次の大規模感染が来るまでには適正価格で製造できるようになっていることを期待しています。
第3の分野は半導体です。ナノインプリントの解像度は今の所、10nm程度と言われており、今はまだNANDフラッシュメモリの生産などに限定されていますが、3次元積層にも応用可能であり、DRAM生産への応用も近いのではないかと思います。
ナノインプリントの課題は、微細構造の金型製造にあると言って良いでしょう。現在はレーザーや電子ビームを使用して作製していますが、この路線で進むといずれ製造設備の高騰化に悩まされることになると考えられ、よって、ここにも安価な代替案を求める動きが出てくると予想しています。 その1つの可能性が自己組織化を活用した金型製造です。レプリカでコストを下げる方法の限界が見えてきた時に出番が来るでしょう。
半導体といっても様々なタイプがあり、今後はさらに多様化していくと予想されます。大量生産とは別の方法でコストを下げる必要があります。その際に役立ちそうなのが自己組織化の原理です。これからの数十年間は、生体における自己組織化を学び、模倣し、応用する時代が続くのではないでしょうか?