製品進化とマネジメント風景 第110話 ペロブスカイト太陽電池の進化と持続性ビジネスマネジメント
太陽光発電が再生エネルギーの主要な推進役の1つであることは間違いありません。現在の太陽電池の主流はと言えば、それはシリコン系太陽電池です。シリコン系が主流となった理由は、発電効率が高く、ライフサイクルで考えても最も高い価値を提供してくれるからです。しかし、日本という国に焦点を当てた場合には、設置する場所が限定されるという問題があります。
日本はもともと国土が狭く、人が住む所を除くと、砂漠や荒れ地などの平地がほとんどありません。山の斜面を切り開いて設置することは可能ですが、初期コストが高くつきます。従って、平地で太陽電池の設置面積を増やそうとすると、自ずとビルや家屋の屋根に設置することになります。
シリコン系太陽電池は重量が重く、人口密度の高い都市内において風に飛ばされるような事が起こると人間を傷つける可能性があって危険です。よって、しっかりした構造物に固定しなければなりません。太陽電池パネルそのものも重いですが、これを補強する構造物も重くなるので、モジュール全体はさらに重くなります。
その結果、設置できる場所は、土台のしっかりした強度的に頑丈な場所に限定され、どこにでも設置することはできません。設置場所は、例えば、オフィスビル、集合住宅、あるいは一戸建てなどの頑丈な建造物の屋上など、限られてしまうのです。簡易構造の工場や家屋の屋上には危なくて設置できないのです。
もし、シリコン系太陽電池が建物の強度メンバーとして使えるならば、発電機能を有する構造部材として外壁に使う用途があったでしょう。現実問題としては、シリコン系太陽電池の強度は低いのでとても使えませんでした。ただ、建屋の内壁ならば、強度要求が下がるので使える可能性がありました。人は、屋内において昼間でも夜でも照明を使い、その光で発電できるからです。
財団法人 日本エネルギー経済研究所の資料では、照明に消費される電力は全電力の約16%と報告されています。照明の省エネ化は、発熱電球からLEDへの置換により進みましたが、これは、全照明がLEDに置き換えられると、省エネはそこで止まってしまうことを意味します。
仮に、建屋の内壁に適用できる太陽電池があれば、照明に消費されたエネルギーの一部を回収することができます。内壁ならば、装飾性が悪くない限り強度が低くても使えます。ただし、条件があります。安価でなければならないことです。今のシリコン系太陽電池は内壁に使うには高すぎるので使えません。安い太陽電池の登場を待つ必要がありました。
さて、人間が使用する移動体として車、船、飛行機がありますが、電動化が進みつつあります。よって、これら移動体の表面に太陽電池を適用できれば、発電しながら移動できるので、消費エネルギーを節約できます。ただし、移動体の表面は通常、曲面で造られているので、曲げることができる柔軟性のある太陽電池シートでなければなりません。
上記のようなニーズを実現できそうな太陽電池がようやく出てきました。ペロブスカイト太陽電池です。これが最初に世に出たのは2009年です。この時の発電効率は4%弱と低かったので、あまり注目されませんでした。ただ、液状物質を塗って安価に作れる点は注目されていました。それゆえ、研究を続ける人達が残ったのです。
その後の発電効率の向上ペース進化は凄まじいものでした。2012年には10%を超え、2016年には22%、2020年に25%、2023年時点で25.7%にまで達しました。ただし、この数字は小スケールの研究室実験の数字であり、実用性のある太陽電池パネルとしては18%程度です。それでも単結晶のシリコン系太陽電池にかなり近づいたので、初期コストを考えると置換できる用途もありそうです。
太陽電池はいわゆる半導体です。我々がコンピュータやスマホで使っている半導体との違いは光を電気に変える特性があるという点だけです。その製造プロセスは、シリコンのインゴットを切ったウエハーをベースに作るのが常識です。塗って作れるものではありません。
ペロブスカイト太陽電池は一種の光半導体ですが、なぜ、従来の半導体と異なり、塗るだけで造れてしまうのでしょうか? 半導体ではあるものの、シリコンとは異なる物質であることは想像が付きます。では、一体、どのような物質なのでしょうか?
まず、ペロブスカイトはABX3の形をとる一種の鉱物です。その重要性は、1940年代のチタン酸バリウムBaTiO2の強誘電特性によって認識されるようになりました。強誘電特性はコンデンサの材料として理想的です。その結果、積層セラミックコンデンサとして応用されました。あなたがスマホを持っているならば、その中にはこの積層コンデンサがたくさん入っているはずです。
チタン酸バリウムの存在によりペロブスカイトの研究が進み、様々な特徴が発見されました。その特徴として最も注目を浴びたのが、元素の置換を容易に行えるという柔軟性でした。これは、元素を置き換えることにより、その特性を制御でき、工業的に利用できる可能性が高かったからです。
太陽電池材料として注目されたのは、ABX3のAに大きな陽イオン、Bに中サイズの陽イオン、Xにはハロゲン系陰イオンという組み合わせを取ることにより、光半導体にできるからでした。より具体的に述べると、Bの陽イオンに、ゲルマニウム、錫、鉛という14族を採用すると、室温で光半導体としての性質を持つようになり、しかも生成された電子、正孔の自由キャリアの動ける距離が長いという特性があったからでした。
とは言え、ペロブスカイト層を単に電極で挟むだけでは、電子と正孔が再結合してしまい、太陽電池として機能しません。そこで、ペロブスカイト層から電子のみ、正孔のみを選択して取り出すための輸送層で挟む必要がありました。これは、高性能のペロブスカイト電池を作るには、高性能の輸送層材料が必須だということです。これはシリコン系太陽電池と大きく異なる点です。
ペロブスカイト太陽電池は、CdTe系太陽電池と同じく薄膜タイプです。それゆえ、曲げて使える柔軟性を持つのです。CdTe系はすでに事業として成功していますが、Cd(カドミウム)という毒性元素を含むため、その処理は専門業者しかできません。産業用としての用途は可能でも、家庭用、一般用には使えません。これに対してペロブスカイトは毒性がないため、その用途はCdTeよりも市場が広がることは間違いないでしょう。
ペロブスカイト太陽電池はその構造から、ナノ構造型、平面ヘテロ接合型および逆構造型の3つのタイプに分類されています。最初に開発されたのはナノ構造型であり、以下の6つの層から構成されていました。即ち、透明導電電極層、酸化物半導体層、酸化物半導体多孔質層、ペロブスカイト層、正孔輸送層および対極層です。
これに対して平面ヘテロ接合型はナノ構造型から酸化物半導体多孔質層を除去したものです。また、逆構造型は、透明導電電極層、正孔輸送層、ペロブスカイト層、電子輸送層および対極層と言う構成であり、光を受けるのが電子側ではなく正孔側という点に違いがあります。
当初は先行者の利ということでナノ構造型が性能面で優位にありましたが、現在は平面ヘテロ型の方が優位になりつつあります。ナノ構造型では電子輸送層となる酸化物半導体に酸化チタンが用いられますが、平面ヘテロ型では酸化チタン以外にも酸化スズが用いられ、この酸化スズの適用が性能向上に寄与していると考えられています。
ナノ構造型ではABX3のB元素として鉛Pbが用いられますが、平面ヘテロ型ではスズSnが用いられます。鉛はカドミウムほどではありませんが毒性があるため、EUが設定したRoHS指令への対応という面で不利になると予想されます。RoHS指令はEUだけですが、グローバル戦略を考えた時、EUとその他を分けて製品仕様を変えるのは経済合理性に欠ける対応になりやすいからです。
さて、前述したようにペロブスカイト太陽電池は多くの魅力を兼ね備えています。しかし、実用化に向けて必ず課題があるものです。ペロブスカイトに関しては耐久性と量産性に課題があります。
耐久性については察しが付くでしょう。塗って作れるということは、多くの場合、ある種の液体に溶けやすいということを意味します。この場合は水であり、雨や湿気に弱いということです。「ならばシリコン系太陽電池に使われている封止材を使えば良いではないか」という声が出てきそうですが、それでは水分透過抑制が不十分なのです。より透過率の低い新しい封止材の開発が必要だということです。
耐久性に関してももう1つ課題があります。それは、正孔輸送層を機能させるために使用する添加物は長期の使用によってペロブスカイト層に拡散し、その特性を劣化させることが分かっているからです。ですから、ペロブスカイト層を劣化させない添加物を見つけるか、あるいは添加物が不要の正孔輸送層の材料を開発することが必要なのです。
次は量産性の話に進みます。ペロブスカイト太陽電池は塗って造れるので、誰もが安く造れるだろうと考えます。しかし、高性能を再現性よく実現するには、非常に薄く均一の厚みの層を造らなければなりません。現在はまだ、半導体製造装置で使われるスピンコート法で1枚ずつ製造されています。
半導体の場合、微細化によって1枚の中に造る数を増やしてコストダウンするのでいわゆる枚葉式でも低コストが可能ですが、太陽電池はそうは行きません。大面積を高速に造らないとコストダウンにならないからです。
対応としては、一般のシート材のように連続成形を目指すのが王道です。それ以外の方法として、インクジェットのように大面積を高速に印刷する方向性もあるでしょう。ただ、前者の技術が確立すれば、前者が勝者になるだろうと個人的には考えています。
上記の話とは別にもう1つ課題があります。それは電極材の選定です。今は金(ゴールド)が使われている場合が多いのです。ご存じのように、金の価格はこの数年、上昇する一方です。量が増えると間違いなくコスト上の問題になるでしょう。ゆえに代替材の開発が必要だと考えます。
ペロブスカイト太陽電池は日本初の技術ですが、日本は半導体の世界において、技術で勝ってビジネスで負けるケースが多かったという過去があるので、そこから学習する必要があります。
最近の負けパターンは2つです。第1は、機能、性能が高いが高コストで負けるというパターンであり、第2は、製造量が増えるに従って素材の調達性で不利な状況に追い込まれて負けるというパターンです。これらの負けパターンに嵌まらないよう、研究や企画を適切に設定する必要があると考えます。
太陽光発電では発電効率がライフサイクルの利益に影響するため、誰もが高性能化を目指します。現在さかんに行われているのは多層化です。ペロブスカイト層の多層化に加え、ペロブスカイトとシリコン系太陽電池の多層化も出てきています。
多層化により性能を向上するのでしょうが、適用範囲、整備性、リサイクル性などを悪化させてしまう場合もあるので注意が必要です。ライフサイクルとして考えた上で、本当に経済的にも環境的にも持続性のあるソリューションになるのかどうか、企画段階でしっかりと見通しを得ておくことが非常に重要だと考えます。