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製品進化とマネジメント風景 第100話 ワイヤレス充電の技術と事業のマネジメント

前回のコラムではEV充電、特に現在の主流である有線の充電に関して述べました。今回はそのワイヤレス化について議論しますが、まず、最初にワイヤレス化(無線化)によるメリット、デメリットを考える所から話を始めたいと思います。 

屋内で使う電気製品の場合、有線の製品は電源(コンセント)の近くに置いて使用しなければなりません。ただし、コンセントの近くであれば、どこにでも移動することは可能です。一方、ワイヤレスであれば、コンセントの近くに製品を置く必要はなく、どこでも自由に置く場所を選べます。 

自由に置き場を選べることはメリットになるのですが、どんな製品でもそれがメリットになるとは限りません。仮に対象の電気製品が、自律的に移動するものならば有線は大きな制限であり、ワイヤレス化による自由度向上は利用者のメリットを大きく高めるでしょう。一例は自動掃除機(ロボット掃除機)です。

しかし、自動掃除機を使う場合でも、掃除機が1階にあって2階を掃除したいならば、そこまでは人が運ばなければなりません。人が自分の手で運ぶ場合には、その製品が手軽に動かせる重さや大きさならばユーザーの満足度は上がります。とは言え、ある一定の重さや大きさを超えると、その満足度は急速に下がり始めます。 

では、大型テレビのような、ほとんど移動させない電気製品の場合はどうでしょうか?かなり重く、サイズも大きいですね。たとえ自由に置き場を選べるとしても、わざわざ居間から寝室に移動して使うことはないでしょう。希にしか動かさない製品ならば、ワイヤレス化によるメリットは大きくないと言えそうです。 

逆に、常に手元に置いておきたいもの、しかも、それが気軽に運べる程度に軽くて小さい製品ならば、ワイヤレス化によるメリットは大きく高まるでしょう。

ここで、ワイヤレス化によるデメリットを考えてみます。ワイヤレス化するためには製品にバッテリを組み込む必要があります。それは価格を押し上げます。また、時々、充電をしなければなりません。充電頻度や充電時間が気にならないレベルならばデメリットは小さいですが、これらが大きくなるとデメリットが急速に上昇します。スマートフォンが良い例ですね。

次は屋外で使用する製品を考えてみましょう。人が自分の身に付ける、あるいは鞄に入れて持ち運ぶモノであれば、屋内で使う小型家電と大差ありません。軽くて小さく、充電頻度、充電時間が気にならないレベルであることが求められます。

他方、自分を運んでくれる製品、つまり電気自動車や電動バイクなどの移動手段ならばワイヤレス化は必須です。バッテリが必要なりますが、この時の重要事は充電時間です。耐えられる充電時間は人により違うでしょうが、15分から最大でも30分程度でしょう。ですからEVでは100kW級の急速充電が必要になるわけです。 

充電に際して有線と無線を比較したならば、そのスピードや効率は有線の方に軍配が上がります。よって、ガソリンのように電気を充電するスタンドにおける充電設備を考えた時、単純にワイヤレス化をしたとしても有線に勝てるとはとても思えません。ワイヤレスのメリットを大きく高める別の切り口が必要なのです。 

一例は、交差点付近の道路や電灯から、EVに対してワイヤレス充電するアイデアです。交差点付近では低速で走行する場合が多いので、そこでワイヤレス充電をすることは技術的に可能です。ある実証実験によれば、交差点でのワイヤレス充電は走行分の電力を補充し、スタンドによって充電する必要が生じなかったそうです。インフラの準備が必要ですが、面倒な充電行為なしにEVを走らせられるならば、それは大きなメリットになるでしょう。 

懸念材料もあります。ワイヤレス充電が強い電波を放射するので、歩行者への健康への影響です。「送電塔の近くには住まない方が良い」、あるいは「レーダー基地の近くにも住まない方が良い」などと世間では囁かれています。電波出力は世界各国で規制がありますので、一定レベル以上になると人の健康に及ぼすリスクがあると考えてよいでしょう。

以上を踏まえ、ここからは本題のEV用のワイヤレス充電に入ります。最初に、どのような方式があるかをみていきます。一般的な分類は電磁誘導方式、磁界共鳴方式、電界結合方式、マイクロ波方式の4つです。最後のマイクロ波方式については、レーザーなどの光を使う場合もあり、本来は電磁波方式というのが妥当かもしれません。以降、上記の4つについて個々のメリット、デメリットを検討します。 

電磁誘導方式は100年以上の歴史のある信頼性の高い技術です。この技術は発電機、電動モーター、IH調理器などにも使われています。原理的には磁界を発生させて誘導起電力を励起し、これを充電に使います。100kW級の急速充電も可能であり、エネルギー効率も80~90%と比較的高く、これがワイヤレス充電の主流です。 

欠点を1つだけ挙げます。それは、送電コイルと受電コイルは非接触ではありながら、両者の距離を小さく保たなければならず、有線と同様、決まった場所で充電しなければならないことです。ワイヤレス化すれば、充電する場所を自由に選べると思いがちですが、そうならない場合もあるわけです。 

有線との違いは、重い充電用プラグを車の充電口に差し込む手間が減るだけです。それと引き換えにエネルギー効率は低下するので電力消費量が増え、コストアップします。非力の人はメリットと感じるかもしれませんが、力のある人ならばデメリットを感じるでしょう。 

次の磁界共鳴方式は電磁誘導方式の親戚です。やはり磁界エネルギーを使って充電しますが、大きな違いは距離を離しても充電できることです。この方式が発明されたのは2007年と最近ですが、距離を離して充電できるとワイヤレス化のメリットが高まるため、注目されて盛んに研究されています。 

充電効率は、大雑把に言えば距離に反比例し品質係数に比例します。品質係数が高いことは共鳴時に減衰が小さいことを意味します。機械振動ならば共振が大きくなってモノが壊れます。ワイヤレス充電では、共鳴時に減衰が小さいことは磁界に蓄えられたエネルギーを減衰させずに長い距離を空間伝送できることを意味します。このため、品質係数を高めると、距離を離しても高効率で充電できるのです。 

では、品質係数を高めるためにどうすれば良いのか? 1つは100KHz~10MHzの高い周波数を使うことであり、もう1つは回路中のコイルやコンデンサの抵抗を減らすことです。後者では、バラツキを抑えながら抵抗を減らすことが求められます。バラツキが大きいと、一品ごとに共鳴の周波数ピークが変わり、僅かにずれるだけで効率が急低下してしまうためです。この話から分かるように、この方式の欠点はバラツキを抑えるために製造コストが高くなりやすいことなのです。 

次の電界結合方式はコンデンサと同じ原理であり、電界を用いてワイヤレス充電します。大きな電流を必要とせず、重い磁性材料も使わないので安価にできると考えられています。ただし、距離は電磁誘導と同等かそれ以下であり、やはりワイヤレス化による自由度はありません。 

また、大出力化が困難という根本的な欠点があります。せいぜい10kW級までと推定されており、EV用の急速充電としてはまったく物足りません。

原理的に大出力化がしにくい理由を下記に説明します。ひとことで言えば 電界方式では空間に大きなエネルギーを蓄えられないのです。それは、空気の絶縁破壊耐量が約3[MV/m]であり、エネルギー密度に換算すると約13[J/m3]です。この限界を超えると、雷と同様に放電を起こしてしまうのです。ここに超えられない限界があるわけです。一方、磁界方式では、空気中に蓄えられるエネルギー密度を上記の1万倍以上にすることができ、大出力化が可能なのです。 

最後の電磁波方式は、電力を電磁波の形で送信し、これを受信側が受けるという方法で電力を伝送します。空気が吸収しにくい電磁波の周波数を用いれば長距離のワイヤレス充電を実現できます。 

空気が吸収しにくい領域は2つあります。1つは『電波の窓』と呼ばれる周波数帯です。具体的には30MHz~30GHzの領域であり、マイクロ波方式はここで使います。この領域であれば、ワイヤレスの言葉どおりに場所に捉われない自由度の高い充電が可能です。もう1つは高周波数の電磁波である光の領域、具体的には可視光線と一部の赤外線の領域です。ここでも長距離のエネルギー送受信ができます。 

原理的にはこれらにより走行しているEVに充電できるということです。もちろん、インフラが設置された場所に限られますが、一度設置されれば、充電をほとんど気にせずにEVを走らせることができるので、非常に魅力的なコンセプトです。 

ただし、大きなデメリットが2つあります。第1は効率が低いことです。マイクロ波方式ではエネルギー効率が数%であり、光方式でも約20~30%です。光方式は、太陽電池で充電しながら走ると考えれば分かりやすいでしょう。太陽のある所では太陽からエネルギーを受け、太陽のない所では人工的な光源からエネルギーを受ければ良いということです。

光方式の耐久性や安全性については未解決の問題が残っていますが、再生可能エネルギーを使うコンセプトであり、社会に受け入れやすいものと考えます。これに対してマイクロ波方式は、人工のエネルギーだけを使い、しかもそのエネルギー効率が非常に悪いため、脱炭素化の時代には相応しくないという声も出てきそうです。 

効率が悪いため、充電速度を上げるためには、電波の周波数を上げ、さらに送信側の電波出力を上げる必要があります。電波が飛び交う空間は人が生活する空間ですから、出力が一定レベルを超えると健康リスクの問題が浮上します。ということで、次は電波による健康リスクの話に移します。 

電波が人の健康に与えるかどうかは、実は科学的に完全には解明されていません。しかし、いくつかのエビデンスから、子供はその影響を受けやすいこと、ある出力レベル以上は大人も影響を受ける可能性があることは世界中で認められています。それ故、規制が作られているわけです。

WHO (World Health Organization)は、その電波防護について「因果関係があると断定できるほどの科学的根拠が固まったわけではないが、何らかの対策が必要とするには十分の証拠があると見なせる」と公言しています。 

証拠の例の1つは、低周波の電波が小児白血病リスクを高めるという疫病研究の報告が数か国でされたことです。低周波の電波にリスクがある以上、高周波の電波も同様の扱いになっています。

ただ、科学的根拠が不十分であることから、規制の値は国家間で大きな差があります。一般市民に対する規制は公衆曝露規制値ですが、電波の周波数に対して電界と磁界の強度として数値が設定されています。周波数ごとの設定を示すと話が複雑になるため、許容される最大値のみ記載し、各国の違いを比べていきます。 

日本の規制値は米国と同じであり、電界は61[V/m]、磁界は1000[μW/cm2]です。北欧と英仏独は同じであり、電界は58[V/m]、磁界は900[μW/cm2]であり、日米に比べて少し規制が厳しいことが分かります。 

スイスは欧州の中でも最も規制が厳しい国の1つです。電界は6.0[V/m]、磁界は9.6[μW/cm2]であり、日米の規制値の約10分の1です。また、イタリアも電界は20[V/m]、磁界は100[μW/cm2]と、スイスほどではないにせよ、かなり厳しい設定がされています。 

驚くのはロシアと中国です。ロシアの規制値は、電界が6.1[V/m]、磁界が10[μW/cm2]であり、中国の規制値は電界が12[V/m]、磁界が40[μW/cm2]です。 

これらを見渡すと、日本は世界の中で最も電波の規制が緩い国の部類に入るということです。日本の規制は何でも世界の中で厳しい方だと思っている方も多いと思いますが、電波規制についてはそうではないのです。  

ワイヤレス通信については電波強度が弱いので、定性的に健康リスクは低いと言えるかもしれません。これに対してワイヤレス充電は、明らかにグレーゾーンに入り込んでいると言えるでしょう。 

日本の規制を満足しても、グローバルに事業を進めようとしたら多くの国で規制に引っかかります。ワイヤレス充電に関して、最も自由度が高く、EVユーザーの利便性を向上するのはマイクロ波方式や光方式ですが、少なくともマイクロ波方式についてはエネルギー効率に加えて健康リスクも不透明であり、事業化リスクが高いと言えます。これに対して光方式ならば、健康リスクはずっと下がるでしょう。

強調したいのは、人の健康に影響を及ぼすリスクがある事業や製品、サービスでは、企画段階において、そのリスクを漏れなく織り込まなければならないということです。

最近では、WHOが人工甘味料についても問題視しはじめました。これも科学的根拠が十分ではないとされています。しかし、当社が定期健康診断を受審している医療法人において、保健士から「人口甘味料は血糖値を上げ、糖尿病リスクを高めるリスクがあるので、取得を控えてください」とアドバイスされました。 

科学的根拠が完全ではなくても、多くの人が『危ないな』と思うようになったら、その感覚が広まり、それが主流の判断基準になってしまうものです。そうなったら、危ない事業は下降線を辿らざるを得ません。 

そうならないようにするには、事業を始める段階、製品を企画する段階においてリスクを洗い出すスキルを高めるのが近道です。 御社におけるリスク洗い出し能力は、後日の懸念を取り除くに足る高いレベルに達しているでしょうか? ぜひ、一度、検討することをお勧めします。