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製品進化とマネジメント風景 第99話 急速充電設備における規格マネジメント 

電気自動車(EV)が普及しはじめている事は誰でも認識していると思いますが、具体的な数字までは把握していない人もいるでしょう。2023年4月にジェトロが公表した数字を見ると、販売台数に占めるEVの比率が急上昇をし始めていることが分かります。 

具体的には、中国では29%、欧州では21%、米国8%、そして日本1%です。新しいトレンドが市場に浸透しはじめ、爆発的に普及を始める状況を示すものとしてS字カーブがあります。スマートフォンについては普及率が10%を超えたあたりから急成長が始まりました。そう考えると、中国と欧州ではこれから急成長の時代が始まる可能性が高いと言えます。 

米国は少し遅れていますが、EVの火付け役であるテスラがいるので挽回できるかもしれません。EVだけが正解とは限りませんが、少なくともEVについて日本は出遅れたと言えるでしょう。 

EVはそもそも脱炭素化を目的として出現した製品です。よって、本当に普及するかどうか、EVに供給する十分な再生可能電力があるのか、また、現実的な速度で急速充電する設備が普及していくのか、という2つの因子に影響されるはずです。 

上記の2つの因子のうち、どちらが重要かと言えば後者です。前者が問題になるのは普及が進んでからの話であり、いわば十分条件に相当します。これに対して、後者は必要条件です。 

普通充電ではなく「急速充電」を強調しているのは、普通充電の速度が非常に遅いからです。普通充電は概ね3KW級であり、後者は50KW級、最近では100KW級も出始めています。単純計算すれば分かりますが、17倍から33倍の速度差があるのです。 

現在のEV電池容量は小さなもので20KWh、大きなもので80KWhです。普通充電では、空から満タンにするまで7~27時間もかかります。家でも充電できるメリットはありますが、時間が掛かりすぎます。一方、急速充電であれば、空状態から満タンにする場合であっても、50KW級ならば20分~1.6時間、100KW級になれば12分~50分であり、毎日乗る人でも許容範囲に収まってきます。EVの普及にとって急速充電は必要条件と考える所以です。 

「いや、自宅での普通充電で十分だ。急速充電など必要ない」と反論する人がいるかもしれません。そういう人のために、急速充電がないと困る具体的な例を以下に3つほど記載しました。 

従来、レンタカーを借りて返却する時には返す直前にガソリンスタンドに寄り、満タン返しをすることが求められてきました。急速充電設備があれば満タン返しは可能ですが、もし、普通充電しか出来なかったならば、満タン返しには数時間、下手をすれば10時間以上かかります。満タン返しという仕組みに無理が生じます。

よって、料金に上乗せして満タン返しをしなくても良い仕組みになるでしょう。しかし、そうなると、レンタカー屋が急速充電設備を持つ必要が生じます。その結果、設備投資を償却するために、EVユーザーの料金を高く設定せざるを得なくなります。上乗せ料金の額によりますが、価格が高すぎると感じた人は、EVではなくガソリン車を選ぶかもしれません。 

カーシェアでは燃料補給は強制されません。ただし、現状、燃料補給をすると30分ぶんの割引がされるので、ユーザーが他者への配慮をして自発的に行っています。しかし、もし、車がEVになって急速充電スタンドがなければ、誰も充電して返さなくなるでしょう。そうなると、いつも電池がほぼ空の状態で借りることになり、最初に行う行動は充電となってしまいます。普通充電では数時間以上かかるため、誰もEVのカーシェアを使わなくなるでしょう。この問題は、カーシェアの駐車場に急速充電設備を設置すれば解決しますが、設備投資を回収するために価格が跳ね上がることになり、やはりユーザー数は激減するでしょう。 

自家用車で長距離ドライブに行った時には必ず充電が必要となります。充電スタンドに行っても普通充電しかないならば充電に数時間かかります。そう考えれば、とてもEVで長距離ドライブに行く気にならなくなるでしょう。 

以上から、EVを本格的に普及させるためには急速充電が必要不可欠なのです。この手のインフラを普及させるには、量産化を進めて価格を下げなければなりません。しかし、ハードウェアの製品は、ソフトウェアと違い、世界のあちこちでローカルに進化し多様化するものです。現に、EV用の急速充電設備に関する規格はすでに4つに分かれています。 

近所にある急速充電スタンドの規格と異なるEVを購入してしまったら、最悪、普通充電しか使えないということになってしまうのです。それでは困るので規格の標準化を行われるのですが、主導権を巡っての規格標準化の戦いが始まりました。 

今は米国が頭1つ抜け出した感じがしますが、EVの数が最も多い中国も影響力を持ちます。中国は普通充電の独自規格を持ち、普及しています。急速充電については日本と共同開発していますが、市場面、政治面の両方で紆余曲折が予想されます。以下、これらについて概観していきます。 

EVの急速充電方式は、理論上、大きく3つに分類されます。接触式、非接触式および電池交換式です。冒頭で述べたEV充電では、今の所は接触式が主流です。 

接触式は従来の給油のように、スタンドにつながった充電プラグを車の充電口に入れて充電します。ただ、充電ホースは中に電線が通っているので給油ホースよりもずっと重く、操作性は良くありません。非接触式はいわゆる無線給電であり、充電ホースが不要です。腕力の弱い人でも問題なく扱える点は長所ですが、エネルギー効率は接触式よりも低下します。 

3番目の電池交換式は、自動交換するための専用機械設備が必要になるものの、おそらく交換速度は最速でしょう。欠点は、設備がかなりの面積を占めるので、接触式のように狭いスペースに複数台を設置することが出来ないことです。

これら3つの方法のどれかが支配的になるのか、棲み分けするのかはまだ良く見えませんが、本コラムでは今の主流である接触式に絞って話を進めます。今の主流が未来の主流になりそうだな、と思うからでもあります。ちなみに接触式の中だけでも4つの規格があり、どれが主流になるか完全には見通せません。 

4つの規格というのは、日中が共同開発したCHAdeMO、米国のCCS1、欧州のCCS2,テスラ独自のTPCです。TPC以外は国や国家間の標準化規格でしたが、TPCは2023年6月にNACSとして北米標準規格になりました。以降はNACS/TPCと表記します。

では、これら4つの規格の違いは具体的に何でしょうか? 主たる違いは3つです。第1は充電口の形、第2は最大出力、そして第3が通信方式です。 

充電口については、NACS/TPCは同じ充電コネクタで急速充電も普通充電も出来ますが、日本や中国では急速充電と普通充電は異なる規格、異なる充電口を使います。CCS1,CCS2の充電口は同じですが、普通充電と急速充電時に異なるケーブルを接続します。シンプルさという意味ではNACS/TPCに軍配が上がりそうです。 

最大出力は日進月歩で向上しているため、優劣は付けがたいと言えます。ただ、これについても、現状でトップを走っているのはNACS/TPCです。日中のCHAdeMO3.0、別名ChaoJiは机上ではその上を行っています。ただ、まだ普及していません。 

トップの座を譲りそうな状況にあるものの、EVシェアのトップはテスラです。NACSははTPCとCCS1,CCS2をカバーする内容であり、米国政府の政策もあって既にGMとフォードが合流を表明しました。1社単独の規格から突然、世界で1,2を争う規格になったわけです。 

以上を鑑みると、急速充電の規格は欧米のNACSと日中のCHAdeMOの2つに絞られました。これから両者の主導権争いが始まると考えられます。 

通信方式については、上記4規格はCAN方式かPLC方式のどちらかを採用しています。CANはController Area Networkの略であり、PLCはPower Line Communicationsの略です。どちらを選ぶかは、今後の充電設備の事業戦略上、非常に重要な問題と考えられます。 

CAN方式は、自動車に電子制御が適用され、その制御装置ECUの数が増えてきた時に採用された方式です。ドイツ発の世界標準規格はありますが、それはバスの仕様に限定されています。そのため、ソフトウェアには方言が多数あって扱いにくいという話もときどき聞きます。

CANの長所は、自動車の電子制御における長年の実績に裏付けられた信頼性の高さ、および、電磁波ノイズに強いことが挙げられるでしょう。ノイズに強い理由は、2本の通信線の電圧の差動によって通信を行うためです。電磁波ノイズが大きな環境であっても電圧差を使うのでノイズがキャンセルするのです。 

他方、短所は通信速度がかなり低く制限されることです。CANの通信速度は1Mbps以下です。bpsはbit per secondです。人が運転し安定した走りを実現するだけならば、それほど高い通信速度は必要なく、このレベルで十分です。しかし、カメラやレーザーレーダの情報を使ってAIで人・物体の認識をする自動ブレーキや、その先にある自動運転の領域になると、とても1Mbpsでは足りません。 

EVを対象とした充電だけではなく、EVを蓄電池として家や店舗に電気を供給するV2H(Vehicle to Home)までを視野に入れると、家の電力を把握しているスマートメータとの通信も必要になります。そこまで考えるとCANが最適なのかどうか、あらためて検討すべきでしょう。 

ここから一旦、PLCに話を移します。PLCの長所は、情報だけを送受信する専用線を使わずに、電力を供給する線に情報を乗せて通信を行うため、コストを低減できることです。また、通信速度も規格値で30Mbps,実効値で20Mbpsであり、CANの20倍の速度で通信できます。 

前述した車を家やオフィスの蓄電池として使うV2Hのコンセプトが普及し、しかも家やオフィス内部がPLCで通信している場合には、PLCを採用するのが有利かもしれません。ただ、現状を言えば、電力はスマートメータが管理しているものの、その通信はWi-SUNやZigBeeなどの無線通信が使われており、電力線は使われていません。また、家やオフィス内部はWiFiによる無線LANが支配的です。 

PLCの欠点はノイズに弱いことであり、同時にノイズを発生することです。それは電力線という、そもそも通信を目的としていない電線を流用しているからです。急速充電やV2Hを考えた時には大電流が流れるため、相当なノイズを外にまき散し、様々な機器の誤動作を引き起こす可能性があります。 

電力線のスペックが、電力だけでなく通信にも使えるように見直されない限り、PLCの普及は難しいように思います。

ここまでの議論を振り返ると、CANもPLCも一長一短があるものの、CANの方に歩があることが分かります。とは言え、今後、自動運転に進むならば、あるいは車内をエンターテインメント空間に変身させるならば、CANの通信速度は遅すぎます。 

そこで出てきたのがCAN XLです。この規格の優れた所は、第1に通信速度が10MbpsとCANの10倍まで上がることです。ただ、10倍と言う数字は十分とは言えないかもしれません。第2の優れた点はイーサネットと互換性があることです。イーサネットであれば、1Gbpsや10Gbpsの高速通信が可能です。また、CAN固有のフレーム通信だけでなく、インターネットで用いるIPパケット通信もカバーできます。つまり、CAN XLを使えば、急速充電はCANで行い、その後のスマホ決済はIPパケット通信で行うといった両刀使いをすることが可能になるのです。 

通信速度の不足やV2Hへの発展性について課題は残りますが、現時点においてユーザーの利便性が最も高く、しかも、将来の自動運転EVとの適合性も良さそうであることを考えると、CAN XLが一旦は主流になるのではないかと考えます。 

テスラはCCSとTPCを統合してNACSとするために、通信方式としてPLCもカバーするという話が漏れ聞こえてきますが、その真偽は慎重に吟味した方が良いと考えます。 

TPC/NACSとCHAdeMoの2つの規格が世界を二分するのか、どちらかが勝利を収めるのか、あるいは第3極のダークホースが出てきて更なる混戦になるのか、EVの急速充電設備の規格争いは目が離せませんね。