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製品進化とマネジメント風景 第90話 新型コロナワクチンにみる開発マネジメント 

猛威をふるった新型コロナウイルスですが、以前の日常に戻りつつあります。その立役者はやはりワクチン接種にあり、迅速なワクチン開発にあったと言えそうです。 

これまでの歴史を見る限り、コロナ系ウイルスに対するワクチン開発は常に後手に回ってきました。近年のコロナ系ウイルスとしてはSARSとMERSがその代表です。この2つは、極めて毒性が強かったため、パンデミックになる前に収束し、ワクチン開発は間に合いませんでした。 

その結果、「コロナ系ウイルスではワクチンの事業化は難しい」という常識が業界において出来上がってしまったようでした。 

そういう中、今回の新型コロナウイルスについては、ドイツの医療ベンチャー企業ビオンテック社が初期の感染状況からパンデミックになることを予想し、非常に早い段階で本格的なワクチン開発に着手し、それゆえに新型コロナの感染に歯止めを掛けることが出来ました。 

これは、ある意味で歴史的な成功と捉えることができます。もちろん、すべてがすべて狙い通りに事が運んだわけではなく、運に恵まれた部分もあります。しかし、ビオンテック社の企画・研究段階、および開発の進め方は、医薬品以外の多くの製品開発にも有効であり、学ぶ所があるでしょう。 

特に注目した点は、ビオンテック社が安全性を重視する開発マネジメントをしていた事であり、よってコラムに取り上げることにしました。以後はマネジメント上のポイントを中心に述べていきます。ただし、マネジメントを理解する上でどうしても必要な技術的な事項には触れますので、その点はご承知おきください。 

まず、なぜ、中小企業であるビオンテック社が新型コロナワクチンの開発に成功できたのでしょうか?  

先の質問への回答は5つのポイントから構成されると考えています。 

第1は、鍵となる技術となるmRNA(メッセンジャーRNA,遺伝情報を細胞に運ぶ機能を持つ)という鍵となる技術開発を長年続けてきたということです。ただし、ターゲットは癌治療であり、感染症を目的としてはいませんでした。 しかし、感染症も癌も、共に免疫システムの防衛網を潜り抜けて侵入した後、増殖するという点は似ており、応用範囲の広い基礎技術だったのです。有望な基礎技術に投資を続けてきたこと、これがマネジメント上の第1のポイントと言えるでしょう。 

第2のポイントを述べる前に、mRNAを実用化するための大きな2つの技術課題を説明する必要があります。 シンプルに説明すると、1つ目の課題は人工的に作ったmRNAを細胞に入れようとすると異物とみなし、炎症反応が発生してしまうことであり、2つ目はmRNAという物質が非常に不安定で壊れやすく、細胞に届ける前に消失してしまうことでした。 

これら2つの問題は難問であり、多くの研究者が挫折を繰り返してきました。しかし、学術界ではまったく注目されていなかったカリタ氏が、mRNAにある種の化学修飾を施すことにより炎症反応を抑えられる(免疫システムから敵とみなされない)ことを発見したのでした。 

この技術は、実はカリタ氏が所属していた大学では重視されず、カリタ氏も半ば見捨てられた状態になっていました。しかし、ビオンテック社はこの技術に注目し、まずは共同研究を行い、最終的にカリタ氏を自社に引き入れました。カリタ氏を含むチームは、その後、2つ目の課題であるmRNAの脆弱性を脂質で覆うことでカバーするという成果を出し、実用化に道を付けました。 

ですから、第2のマネジメント上のポイントは、製品開発に必須だが自社に欠けたスキルを持つ人材が社外にいたとしたら、まずは共同研究で連携を探り、状況に依っては引き抜いて自社の資産にしてしまうということだと言えましょう。 

第3は、新型コロナウイルスがSARS, MERSよりも毒性が弱く、その結果、パンデミックを起こす可能性があるというマネジメント判断をしたことです。これは、得られた情報に基づいてシンプルな数学モデルを作って定量的な予測をした所、SARS, MERSと違って急速に広がりつつあることを察知できたからだと言えます。

第4は、感染症の医薬品に関してファイザーというグローバル大企業と共同研究契約を締結し、関係性を構築していたことです。もし、このグローバル大手との協働関係がなければ、開発したワクチンを世界中の多くの人々に送り届けることは出来なかったでしょう。 

ここからは第5のポイントの話に入ります。本件を理解するには、多少の技術的背景が必要となるので、少しだけ説明した後、最後のマネジメント上のポイントを述べることにします。 

免疫を活用するワクチン開発では、大きな安全上のリスクがあります。それは、「抗体依存性感染増強(ADE)」という専門用語として知られています。 

枝葉末節を除いて説明すると、感染症のウイルスの感染を起こす部分を、完璧に正確に複製してmRNAに持たせれば、免疫の盾にできて治療効果を発揮できるのですが、少しでもズレが生じると、ウイルスがその盾を利用して細胞に侵入しやすくなってしまうという厄介な問題なのです。 

SARSやMERSの時もこれが問題となり、ワクチン開発の途上で、数人の方が症状を悪化させて亡くなられたそうです。 

ウイルスは細胞に取りつくと、触手の先端の形を変形させ、細胞を切り開いて侵入するのですが、感染を防ぐには、ウイルスの触手の先端が変形する前に、免疫細胞に盾を造らせて、ウイルスが細胞に取りつけないようにする必要があります。 

ただ、通常は、免疫細胞が防御態勢を整えるよりも、ウイルスの攻撃スピードの方が速いので後手に回ってしまうのです。そこで、免疫細胞が準備を整える時間を与えるための策として、ウイルスの触手が変形しないよう固定化するのが有効ではないかというアイデアが出てきました。しかし、このアイデアとその実用的な対策は、実は10年以上前に確立され、報告されていたのでした。 

新型コロナワクチンについても、このADEによる症状の悪化がリスクとして残りました。そこでビオンテック社では論文調査を行い、昔の米国の研究成果が役に立つと判断し、衛生研究所の元研究者にコンタクトし、対応方法を教えてもらいました。 つまり、ヒントは過去の成果の中に眠っていることがあるということです。

そこからの進め方は大きく2つありました。触手の全体を複製して固定化するか、それとも、突然変異のホットスポット部分に絞って複製して固定化するかの2つです。 

実は、モデルナ、オックスフォード連合は、前者の全体を複製して固定化する方に絞って行っていたようです。ビオンテック社は、中小企業にもかかわらず、全体複製と部分複製の両方について検討することにしました。 

中小企業としては無謀に見えますが、現実は理論どおりにならないことを多くの経験から学んでいたため(とても重要な事です)、あえて両方を試す決断をしたわけです。しかし、当然ですが、社内からは「日程が短くて厳しすぎる」という反対の声があがりました。 

これは、医薬品に限らず、どの製品開発でも必ず起こる問題です。ビオンテック社は、時間がかかる問題をリストアップし、1つずつ、スピードを高める方法を探して時間を短縮していったそうです。 

これは当社のコンサルティングで重視していることとまったく同じです。当社は、研究、企画段階において、特にPDCAのスピードをアップするためのアドバイスをしています。なぜなら、時間短縮のタネはたくさん落ちているのに、多くの企業の人達は気付かないためです。 

以上、ビオンテック社が新型コロナワクチン開発で成功したポイントを列挙しました。まとめとして、ビオンテック社の運の良さと、大手であるファイザーの動きについて述べることにします。 

5つ目のポイントの所で述べましたが、ビオンテック社は、開発段階になってから、リソースを分散させて進めるという方法を取りました。これはかなりリスキーなアプローチと言えます。 

本来は、開発の前段階でやるべきことです。ですから、開発段階になってからリソースを分散させるやり方はお勧めできません。ビオンテック社は、結果論としては成功しましたが、これは運が良かったからだと評価しています。 (とは言え、運に掛ける場面が一生に1回くらいあっても良いと考えます)

最後に大手の戦術についてです。ファイザーは、SARS,MERSのワクチン開発がうまく行かなかったことから、ビオンテック社の提案に当初はネガティブな反応を示しました。しかし、うまく行くことが確実になった段階で豹変して協力することにしたのです。 

このやり方、つまり、有望なベンチャー企業と関係を構築しておき、いざ成功の確率が高くなった段階で本格的に関与するというのは、大手としては妥当なやり方だと言えるでしょう。  世の中を見渡すと、運まかせの製品企画、開発を多数見かけます。運まかせを減らし、意図的に成功確率を高めるための方法は実はあるのです。そのような製品企画、開発の方法に興味がある方は、ぜひ、当社にご相談ください。