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製品進化とマネジメント風景 第91話 電磁波が氾濫する時代のリスクマネジメント 

現在、我々の身の周りは、様々な電気機器、通信機器に囲まれています。工場内、オフィス内、家庭内においても人工物の発した電磁波に広く覆われています。IoT化により、これは道路や野原、海や山にまで広がるかもしれません。 

電磁波という言葉の示す範囲は非常に広いので焦点がぼけてしまうことがあります。そこで本コラムでは、太陽光が含む紫外線、可視光線、赤外線という自然の電磁波は除外し、専ら太陽光よりも波長の長い人工的な電磁波を話題にします。

話題にする電磁波を周波数の低い方から述べていくと、まず、50Hzや60Hzの商用電源が発生する電磁波があります。3~300Hzの低周波数の電磁波は人間の健康に影響を及ぼすことが知られており、WHOはすでに評価基準を設定しています。

人の五感はすべて電気信号に変換されて脳に伝わるので、外から入る電磁波があるレベルを超えれば影響を受けるのは、ある意味で当たり前と言えます。また、脳以外の器官、例えば心臓は磁気閃光によって影響を受けることがあります。

一般的には気にする必要はありません。しかし、発電所、送電線や高出力のモーターの近くで作業をする場合には、電磁波からの防護が必要になる場合があります。現在、建機などの分野で電動化が進みつつありますが、出力が大きいため、作業員が曝される電磁波の環境には注意を払う必要があるでしょう。 

次の3kHz~30MHzは無線通信の領域です。いわゆる長波、中波、短波を含みます。交通系ICカードでもこの領域の電磁波を使っています。その上の30~300MHzはテレビの領域です。

その上の1GHz(1000MHz)くらいから、身近なスマートフォン、WiFi、Bluetooth、あるいは高速道路用ETCといった21世紀に急増した電磁波の領域が出てきます。この領域ではときどき電波障害が起こることがあります。個人的にもこの領域で実際に電波障害を経験しました。 

その理由は、21世紀時代の通信機器の多くが1~3GHz近辺に集中しているためだと言えます。特に2.4GHz帯でのWiFi, Bluetooth, 2.4G, スマートフォンの4つが干渉し、音声に雑音が入り、ひどい時には通信が遮断されることもあります。 

スマホの通信が遮断されると不愉快ではありますが、それほどの大事ではありません。しかし、今後、自動運転車やドローンが増えてくるならば少し考慮する必要がでてきます。これらが田舎道を走る、あるいは、その上空を飛んでいる時には大きな問題はないかもしれません。しかし、電磁波が氾濫している都市部に入ってきた時にどうなるのか、不安を感じます。 

ドローンがミッションを入力された自立型であれば、外部からのノイズには比較的強いと考えられます。一方、外からの操作型では当然のことながらノイズに影響を受けます。同じことは地上を走る自動車についても同様です。

自立型にするのか、操作型にするのか、あるいはハイブリッドにするのか、よく考える必要がありますが、どちらにしても、電磁波の干渉を低減するための対策として、電磁波シールドや電波吸収材を多用する方向に進まざるを得ないでしょう。 

電磁波の干渉の低減には電磁波シールドと電波吸収材の2種類があります。なぜ、この2種類が必要になるのでしょうか? この問いに答える前に、まず、両者の違いから考えていきましょう。 

電磁波シールドは電磁波を通さないようにすること、つまり遮蔽することです。遮蔽は、基本的に反射させることにより実現します。どれくらいの遮蔽効果が求められているかと言えば、最低でも40dB、つまり99%以上の遮蔽が求められています。 

これに対して、電波吸収材は電磁波を反射させないようにして材料の内部に導き、そこで電磁波を吸収することを目的としています。吸収するというのは、物理的には電磁波を熱に変換して空気中に放出するということを意味します。 

電波の吸収効果は高いほど良いのですが、前述の電磁波シールドと比べるとその効果は劣ります。だいたい20dB、つまり90%を吸収すれば効果があるのだと言ってよいでしょう。性能の良いシールドという技術があるのに、なぜ、効果が低い吸収材が必要なのでしょうか? 

なぜなら、シールドは外から入ってくる電磁波を遮蔽するのに適していますが、内部に電磁波の発生がある場合(様々なサイズの部屋を考えてください)には、電磁波が外に放出されません。反射を繰り返しながら、少しずつは減衰するでしょうが、ずっと部屋の中に残り続けます。 

つまり、部屋の内部に複数の電磁波発生源が在る場合には、部屋の内部は電磁波が高密度で充満してしまうということです。そのような環境では、当然ですが、電磁波による干渉が起こりやすくなります。それ故、反射するだけでなく吸収する特性を持つ材料も必要になるのです。 

「そうは言っても、ピンと来ない」という人もいるでしょう。しかし、ちょっとした定量的な計算をすれば分かるはずです。仮に部屋が電磁波シールドに囲まれていた場合、発生した電磁波がいちど反射しても減衰量は1%程度です。部屋の中で100回反射しても、まだ、3分の1以上が残っているという計算となります。 

これに対して部屋が電波吸収材に囲まれて居れば、100回の反射で10万分の3レベルまで低減します。ほとんどゼロであり、両者に大きな差があることが分かるでしょう。つまり、部屋の内部に電磁波の発生源が存在する場合には、電波吸収材に囲まれている方が電波障害の視点ではずっと良好な環境にあると言えます。 

部屋のサイズは様々です。仮に我々が執務をする部屋を基準として考えてみましょう。これよりも小さいものとしてはパソコンの筐体とかスマートフォンの筐体が考えられるでしょう。それらの中には半導体チップが入っています。それも小さな部屋に見立てることができます。チップの中に電磁波が充満したら、誤動作を起こす確率が上がるであろうことは容易に想像できます。 

逆に大きい方を考えると、オフィスビル、ショッピングサイト、工場などがあり、それらを包含する存在としての都市があります。つまり、電磁波ノイズによる誤動作リスクは、半導体チップのサイズから都市のサイズくらいまでの非常に広範囲な問題なのだということです。 

では、ここからは電波吸収材について少し詳しく述べていきます。電磁波をどう吸収するのかは、最終的に熱に変換するのだと前に述べました。ではどうやって熱に変換するのか、その方法は大きく3つに分けられます。導電損失型、誘電損失型、磁性損失型の3つです。ただ、最近では人工的に設計され、複数の機能を有するメタマテリアルが注目されつつあります。 

導電損失型の電波吸収材では、物質内部に導電電流が流れ、電気抵抗によって電磁波のエネルギーが熱に変換されます。これは馴染みのある方法です。よく使われる材料は炭素です。ただ、導電性が良い材料は周波数によっては反射されやすくなるという欠点を持ちます。それを気に掛けなければなりません。 

誘電損失型の材料は、電磁波の電界成分に誘起される電気抵抗や分極によって電磁波のエネルギーを熱に変換しています。高周波になると吸収が起こりやすい材料です。発泡体に炭素等の導電性材料を含有したものが使われてきました。 

磁性損失型の材料は、磁気共鳴現象を用いて電磁波のエネルギーを物質中の磁気モーメントの運動エネルギーへの変換を経由して熱に変えます。代表的な材料は酸化鉄(フェライト)や鉄系合金です。 

ここまでの議論から出てくる推論は、電磁波ノイズを減らしたいと思うならば、部屋の外側にはシールド材を使い、内側に吸収材を使うということになりそうです。そうすれば、外からのノイズを遮断し、内からのノイズも減衰させることができ、部屋の内部の電磁波環境を良好に保つことができるでしょう。 

外の世界と孤立した状態を作りたいならば上記の方法で良いのですが、部屋の内部の電磁波環境は良くしたいが、外と繋がるために外からきた特定の電波のうち1つ、2つだけを部屋の内部に導きたいといった要望もあります。 

一例は、強力なWiFiルーターを1つ所有しており、家の外には電波を漏らしたくないが、家の中については、1階だけでなく2階の部屋にも電波を届けたいといったケースです。WiFiの電波の周波数は2.4GHzと5GHzが一般的ですが、2.4GHz付近の電波は多用されて干渉しやすいので、5GHzだけを減衰させずに通したいとします。 

こういう場合には、周波数選択板(FSS)などが適用されます。FSS とは,特定の周波数の電磁波を反射または透過するフィルタ特性を持つ表面です。入射波の波長に対して十分に小さい金属素子を周期的に配置することで実現することができます。このFSSを後述する電磁的メタマテリアルの1つに分類する人もいます。 

外から入ってくる電磁波の数を増やす、あるいはタイミングによって遮蔽したり通過させる、あるいは極小の半導体回路にも適用したいなど、要求が高度化してくると、次の段階に進む必要が出てきます。 

上記の要求を実現しようとして出てきたのが電磁的メタマテリアルというコンセプトです。アイデアそのものは50年前には既にありましたが、研究されはじめたのは20年くらい前でした。科学技術の世界では、研究されはじめてから20年くらい経過すると実用に足る製品になることが多いですが、これもその1つだと言えるでしょう。  

ただ、メタマテリアルの定義はまだ完全には定まっていないようです。ここでは、「天然の物質を越える機能を持つ人工材料」と考えることにします。

実際のメタマテリアルをより具体的に表現すると、『どこにでもある小さな物質を組み合わせることにより、これまでは無かった機能を持つ材料を作る』という方向に進んでいます。電磁的な意味で述べると、誘電率と透磁率をコントロールするということです。 

注目すべき特性は誘電率や透磁率の正負を変えられることです。自然に存在する物質ではこれらは必ず正となりますが、人工的なメタマテリアルではこれらを負に変えることができるのです。その1つの応用先が電波吸収材です。 

最近では、どこにでもある小さな物質として半導体素子を使ってメタマテリアルを作る場合も出てきました。仮にダイオード特性を持つモノを使えばON/OFF制御が可能になります。色々と応用できそうです。すでにWiFiルーターでは実用化が進んでおり、他の分野にも普及していくでしょう。 

今回は電磁的なメタマテリアルのうち、電波の領域への応用について述べました。しかし、当然、可視光線の領域にも適用できます。それは、意図的に錯覚を作り出すことが出来るということを意味します。 

実は目の前にあるのに見えないとか、実は凹凸のある床なのに、真っ平らに見えるとかです。これは注意が必要です。リアルな世界におけるフェイク情報になりえるからです。

ご存じのようにインターネット上にはフェイク情報が増えてきました。とは言え、人が文字情報を認識するときには必ず意識を使うので、まだ騙されにくいと言えます。これに対して、人は目で見たことや耳で聞いたことには本能的、無意識的に反応しやすいものです。そのため、画像や音声のフェイクには騙されやすいのです。

個人的にスターウォーズ系のSF動画をよく見ますが、多くの場面はまるで現実世界のように見えます。しかし、完璧ではなく、時々、「ん? 変だ、妙だ」という場面に遭遇します。おそらく、これからの時代において騙されないようにするには、この『なにか変だ』という感性を磨くことが必要になるでしょう。  

現場、現物、現実を重視する三現主義というのがあります。DXによる生産性向上を指向すると、どうしても三現主義から離れる方向に進みがちです。しかし、フェーク情報に騙されないようにするには、この三現主義が最も有効は方法ではないかと思います。DXと三現主義の両立を考えるというのが、これから大事な方向性になりそうですね。