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製品進化とマネジメント風景 第92話 騒音低減のための材料の進化と活用マネジメント 

コラム第91話では、今日の電波氾濫による問題とその対策としての電磁波を制御する手段の1つとしてメタマテリアルが有望であることを述べました。氾濫していて困ることは他に無いものかと考えていたら1つ出てきました。それは騒音です。 

個人的には、昨年から近くのアパート群が壊されて新しく造り替えが行われているのですが、正直、騒音と振動が気になります。工事現場の境界壁には騒音や振動の計測機が装備されており、その数字を見る限り法定レベル内なので文句は言えません。 

同じ騒音であっても、例えば、オフィスやカフェで人が喋っている声やバックグラウンドに流れている音楽はまったく騒々しく感じないのに、なぜか重機が生み出す低周波数音、衝撃音とドリルやモーターが生み出す高周波数音は騒々しく感じてしまいます。 

メタマテリアルは、どこにでもある材料を波長より狭い間隔で配置をすることにより、波を制御し、自然の材料では得ることの出来ない特性を実現するモノです。電磁波も音波も同じ波なので、当然、水平展開が可能です。 

そこで、今回は音響メタマテリアルについて議論することにしました。ちなみに、同じ文脈において、地震時に発生する地震波を制御して都市を守ると言ったコンセプトもありますが、今回は音の領域に限定し、地震波は議論から外します。 

騒音というのは人の耳にとってうるさいことを意味します。ただ、地球には人間以外にも様々な生物が生息しており、人間はその生物多様性から大きな恩恵を受けているので、本来は彼らのことを無視するわけにはいきません。 

動物や昆虫では聞こえる音の周波数が異なるので、人が騒々しいと感じるものをそうは感じず、逆に人がうるさくないと思っている音をうるさく感じている可能性があります。とは言え、ビジネスは人が相手であり、ここでも人の耳が聞く音を優先して扱わざるを得ません。 

人が音を聞く時に求めることは2つあります。1つは騒々しいと感じる音を抑制することであり、もう1つは逆に小さい音や声であってもそれを正しく聞き取れるようにすることです。どちらにしても、音を制御するアプローチが必要です。このアプローチの考え方は色々とあるかもしれませんが、ここでは代表的な2つを述べます。 

1つは部屋に入ってくる音を制御するという考え方であり、もう1つは人の耳に入ってくる音を制御するという考え方です。 

後者に関係する製品としては補聴器、イヤホン、ヘッドホンなどがあります。これらの製品では既にノイズキャンセリング技術によって騒音低減が実現されています。よって、本コラムでは、前者である部屋に入ってくる音を制御するための手段の1つとしての音響メタマテリアルを考えていきます。 

その話に入る前に、まずは人の耳の特性について整理しておくことにします。人の可聴音域は20~20000Hzと教科書には書かれています。しかし、耳の構造を考えると、現実的な所は300Hz~6000KHzと専門家は考えています。 

高周波数の音は年齢とともに聞こえなくなります。例えば60歳の男性の場合、6000Hzの音は20歳の男性と比べて30dB程度も低下します。30dBだけ音圧が下がったということは、音のエネルギーが50分の1も減ったと感じることです。かなり聞きにくくなったことが分かります。 

6000Hzの音と言われてもピンと来ないかもしれませんが、近いものとしてピアノの高音があります。ピアノの最も高い音は約5300Hzだからです。そういう意味で高音の聴力を身近で確認するにはピアノを使えば良いということです。 

高音を奏でる楽器として、ピアノよりもバイオリンを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、それは違っていて、バイオリンの最高音は約3000Hzであり、ピアノよりもずっと低いのです。通常の会話が行われる周波数も300~3000Hzです。ですから、60歳になっても、会話と通常の音楽については若い時と同じように楽しめるといっても問題なさそうですね。 

実際、カラヤン、小澤征爾、アシュケナージ、ダレンボイムなど、かなりの高齢になってからも活動的な指揮者が結構たくさんいました。バイオリンの高音をしっかりと聞き取れる聴力が残っていれば、オーケストラの指揮者は務まるということなのでしょう。 

ちなみにアフリカのスーダンにいるある部族は、非常に静かな生活をしており、80歳代になっても20歳代と変わらない聴力を保っているそうです。一方、自分の父母を思い浮かべると、80歳代後半には聴力がかなり衰えていました。おそらく、我々の住む環境はいつも騒音に曝されているので聴力が劣化しやすいのかもしれません。

ここからは部屋に入ってくる音の遮蔽の話に移ります。一般的な部屋の形は概ね、6つの面を持つ直方体です。気になるのは、外から入ってくる音と隣の部屋からの音でしょう。隣の部屋といっても、横にある場合と上下にある場合があります。外からの音と隣の部屋からの音を制御できると、騒音問題のかなりの部分を解決できると言って良いでしょう。 

窓や壁で音を遮蔽できれば良いのですが、通常使われる材料だと、コインシデンス効果により窓や壁が共振し、音が拡大されて部屋の中に侵入してきます。その周波数は材料やその厚みで変わりますが、1000-2000Hzの領域です。人が会話をする周波数域のど真ん中にあるため、どうしても騒音と感じてしまうのです。 

これを抑制する手段として以前から2重窓化がされてきました。ただ、2重にしても、同じ厚みのガラスや板材を使うと空気を挟んで両方の壁が共振を起こし、その周波数の音が拡大されて侵入してきます。 価格は上がるでしょうが、2重窓化をするならば、厚みの異なるガラスを使った方が騒音低減の効果は上がります。

基本的に、遮音効果は密度の高い材料、厚い板材を使うほど上がるので、ガラスよりもコンクリートや鉄の壁にすれば遮音性は上がります。これは、騒音を減らすためには壁をより重くしなければならないことを意味します。同じ材料ならば板厚を厚くすれば遮音性は上がりますが、どちらにしてもより多くの材料を使うことが必要になるので、製造コストは上昇します。 

世の中には、重くても構わない製品と軽くないと困るという製品があります。軽くないと困る製品としては、移動体(車、電車、航空機)や高層集合住宅の高層階の壁材などが挙げられます。 

航空機は軽さを重視する代表的な製品ですが、同時に空を飛ぶために大推力を必要とするためエンジンから非常に大きな音が放出されます。何も手を打たないと空港近辺の人の迷惑になるので、音を下げる工夫をしています。 

例えば、エンジンの入口近くにあるファン部(大きな羽車です)では、アルミの板材とハニカム材を組み合わせた吸音ライナーという部品を装着しています。これはメタマテリアルの走りだと言えるでしょう。 

ハニカム材の片側には穴が開いていて、音が入ることが出来ます。ハニカム材の中の室に入った音は減衰します。ただ、吸収する音の周波数域が狭いのが玉に瑕です。ファンが出す騒音の周波数は狭い範囲にあるので有効なのですが、一般的な用途では広い周波数域で音を減衰する必要があるのであまり役に立ちません。 

よって、一般的な音響メタマテリアルには、広い周波数域で音を低減できることが求められます。また、単純な板材(鉄、アルミ、コンクリートなど)と比べて、同じ重量で比較した時に遮音性能が高いことが求められます。そうなれば、同じ音の低減化をした時に軽量化ができるからです。 

音響メタマテリアルの機能を考える時、遮音には2つのメカニズムがあることを知っておくと、適材適所の選定ができます。2つのメカニズムとは音の反射と吸収です。 

反射によって遮音するアプローチは部屋の外壁に対しては有効ですが、部屋の内壁に用いた場合には、反射音が増えてかえってうるさく感じます。これは、半導体パッケージにおいて、内部で発生した電磁波が反射するとノイズ密度が高くなるのと似た話です。 

ゆえに外壁では、音を反射するとともに、反射されずに内部に伝播する音についてはこれを吸収することが求められます。一方の内壁では、反射を抑えて出来るだけ早く吸収することが求められます。外壁と内壁の2枚構造にできれば良いのですが、コスト低減のために1枚の壁で対応したいならば、吸収する材料を選ぶのが合理的と言えそうです。 

音響メタマテリアル特許を最近の案件に絞って調べてみた所、やはり吸収タイプが多い印象でした。1方向だけに音を伝える音響ダイオードの類もあるのですが、ここでは具体例として自動車用を意識した吸収タイプの材料について述べることにします。 

最初の例は、鉄の板の上に木製パルプを周期的に配置した複合材です。2000Hzまでの範囲で音の減衰効果が優れています。木材を使うことにより、低コストと低環境負荷を両立しようとしています。耐久性に懸念が残りますが良いアイデアですね。 

2番目は金属板と樹脂の複合材です。鉄板1mm相当の重量で、鉄板8mm相当の減衰効果があるということでした。相当な軽量効果が期待できますね。ちなみに樹脂材に何を使うかの記載はありませんでしたが、脱炭素化が求められる今日ではバイオ系の樹脂を使うことが求められるでしょう。

3番目は樹脂と炭素繊維を用いた、いわゆる炭素繊維複合材です。ただし、空洞を含む複雑な形状であり、3Dプリンターを使って成形する所に特徴があります。これは環境負荷とコストの両面で気になります。

炭素繊維は大量のエネルギーを投入して得られるものです。航空機への適用はプラスがマイナスを大きく上回るので良いですが、自動車でも同じ結果を得られるのか、精査が必要です。3Dプリンターの使用についても注意が必要です。少量生産ではコストを抑える手段として有効なのですが、大量生産の場合には別の量産方法の方がコストを下げやすいことが多いためです。

今回は自動車用のメタマテリアルの例を述べましたが、材料の低コスト化が進めば、高層住宅の壁材やその他の用途にも使われるようになるでしょう。そのためにも、材料の製造コストを低減する方法の確立が最も重要だと言えます。

個人的にはガラスから入る音が一番気になります。集合住宅の建て替え工事は頻繁にあるものではありませんが、いちど始まると年単位の時間がかかります。規模の大きいものだと壊して造って3年です。都市化が進んで住宅と住宅の距離が狭くなることを考えると、工事騒音を低減する1重ガラス窓のメタマテリアルが欲しいと思います。皆さんは、どの騒音を抑えたいですか?