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製品進化とマネジメント風景 第97話 6Gに向けた用途と技術の選択マネジメント   

5G通信の人口カバー率が日本では90%を超えたと言われており、次の6Gに向けた議論が進み始めています。6Gに向けた課題としてしばしば見かけるのは次の6つです。『超高速大容量化』、『超カバレージ拡張』、『超低消費電力化』、『超低遅延化』、『超高信頼化、多接続化』です。どれも『超』が付いていますが、これはちょっとした改良ではなく、目に見える大きな違いがあるということを意味しているのでしょう。 

言葉だけを見ると、人によってピンとくるものとこないものに分かれると思います。どういう用途に使うかを思いつく場合はピンとくるし、思いつかない場合はピンと来ないからです。 

通信の世代更新の議論は、本来、何をするために必要なのかを問うことから始めるべきなのですが、その前に技術論が来てしまうために分かりにくいのです。例えば筆頭に挙げられている『高速大容量化』ですが、もし実現したらあなたは何に使おうと考えますか? 後述しますが、これについては既にいくつかの用途は見えています。

一方で、3番目に挙げた『低消費電力化』が必須だということは多くの人が賛同するでしょう。これについては後ほど詳しい議論をします。 

最後の『高信頼化』は完全に用途依存です。今のベストエフォート型の通信で困らない事をわざわざ高信頼化する必要がないからです。通信品質を保証する必要がある製品やサービスが増えれば重要性は増しますが、そういう用途が無ければあえて現状から変える必要はないのです。とは言え、通信品質の保証が必要になりそうな用途も思い浮かぶので後述します。 

6Gの必要性を考えることが重要だと述べましたが、それは人間が何を求めて技術を進化させてきたかを考えれば、おおむね予想可能です。人は自らの能力を拡張させたいと考えて行動してきたことは明らかであり、これを『人間拡張』と呼んでいます。どんなに新しい用途であっても、人間拡張の視点から読み解くことが可能であり、その盛衰を予想することもできます。

人間拡張の話になったので、少し詳しく検討していきます。人間拡張の定義はまだ中途半端な状態にあり完成していませんが、ここでは一例としてウィキペディアに記載されている定義を引用します。それは、「一時的か永続的かを問わず、現在の人間が持つ認識および肉体能力の限界を超えようという試み」と書かれています。 

これが不完全だと考える理由を述べましょう。最大の理由は、人間拡張の中に、『判断能力』に関する記載が全く無いからです。今日のAIにおける進化を見れば、人間拡張の中に判断能力を入れないのはおかしなことです。

とは言え、人間の判断は複雑であり、AIが判断できないこともありそうです。例えば、人は判断を行う時、理性的、論理的な思考と感情を秤にかけて行います。この感情の部分は特に複雑です。感情は人それぞれに異なり、善悪の基準も異なるからです。AIが感情を扱えるか否かはここでは議論しませんが、人間拡張の1つに判断能力を加えない今の概念は不完全だと言わざるを得ないと考えます。

もう1つ、『認識能力』に関する部分もややこしい問題を内在しています。国語辞典によれば、認識とは、物事をはっきり知り、その本質・意義などを理解することであると書かれています。

この『理解する』という部分では、人は過去の経験やその時の感情の記憶を想い出しながら理解しているはずです。それはつまり、やはり個々人によって少しずつ理解の仕方が異なるということです。他者の認識も共有して民主主義的に議論して結論を導くという人間拡張の方向性ならば良いのですが、仮に個人の認識能力を高めるだけの方向に進むならば、それは個人間の認識の違いを際立たせ、社会を分断してしまう危険性があります。

以上から、今の所、人間拡張の定義は不完全ですが、それをすぐに完全な形にすることもできません。よって、定義が不完全であることを認識した上で、人間拡張を行う目的を以下の2つに絞ります。それは『経済的な損得』と『自身や家族の安全性』です。これら2つは比較的多くの人に共通した事項と考えられるからです。

上記2つに対象を絞った上で人間拡張がどの方向に進化するかを考えてみましょう。 

人は自身の筋力を増強する手段が欲しくなり、最初は自分の筋力の代理として馬や牛を使っていました。これは一種の身体能力の拡張です。ただ、馬や牛は動物であり、必ずしも自分の思う通りには動きません。そこで機械が発明されると、すぐにそちらを使うようになりました。機械の動作は限定的でしたが、自分の思うとおりにコントロールできる点と牛馬以上の生産性を達成できる点を人は気に入ったのでしょう。 

機械によって生産性は大幅に向上しました。しかし、時々、暴走して壊れることもありました。人の五感だけでは破損の予兆を察知できなかったため、温度や振動などのセンサを追加して自身の認知能力を拡張し、安全性を保ちつつ経済性を最大化する方向に進みました。

その後、コンピュータが発明されました。コンピュータを発明する最初の動機は、高射砲の着弾確率を高めるための計算能力の向上でした。しかし、その後、単なる計算だけでなく、複雑な情報処理を扱えるように進化し、今では人の思考力の一部を代替できるまでになりました。これと並行して、科学技術によって人の五感を凌駕するセンシング能力も獲得しました。 

次の段階になると、コンピュータとセンサが連携し、機械の状態をきめ細かく計測し、その結果を計算、分析、評価し、機械の状態を人に伝えられるようになりました。これによって人は、機械の能力を最大限まで引き出す操作が出来るようになりました。そうして安全性を維持したまま、生産性をさらに高めることに成功しました。 

コンピュータの能力向上とは別に、インターネットが登場し、コンピュータ同士を通信でつなぐことが出来るようになりました。それが発展した結果、世界中の情報を集められるようになり、集めたデータを学習して分析、評価を行うAIが次に出てきました。AIは、表面的には認識して判断を下せる道具であり、人の脳が行う知的作業の一定部分を代替できます。 

AIは突出した能力を持ちますが、それは人の能力の一部に限定されています。とは言え、その能力は次第に拡大しつつあります。AIの能力が高まると、その使い道は2つに分かれるでしょう。1つは人間とAIを繋いで一体化して機械を操作するという方向です。直接操作する機械だけでなく、ロボットや無人機を遠隔操作する場合も含めます。もう1つはロボットや無人機を人間の分身と考えてこれらに自身の権限を委譲する方向です。 

無人機を遠隔操作するならば通信が途切れるのは大問題です。今の5Gはベストエフォート型で作られており、通信が途切れても文句は言えません。よって、遠隔操作をしたいならばギャランティ型の通信が必要となるでしょう。また、遠隔操作の距離を伸ばしたいならば、その距離に対応したカバレージの拡張をする必要があります。これらの用途が見えてくれば、6Gに何を求めるかが具体的に定まってきます。 

一方、人間の権限を機械に委譲するならば、原則として従来のベストエフォート型通信でも足りるかもしれません。ただし、無人機に搭載されたコンピュータやセンサが故障して暴走するリスクが常に残ります。これは許容されないでしょうから、少なくとも機械の機能停止を行うための通信はギャランティ型にする必要があります。5Gで確実にこれを出来るかどうかはきちんとした検討結果を待つ必要があるでしょう。

人間とAIを繋いで一体化して機械を操作する方向に進む場合は、人間とコンピュータをどう繋ぐかという課題に直面します。今はまだ、人が機械を操作する時は、自分の目と手から得た情報を用いて操作するのが標準です。しかし、センサとAIを組み込んだコンピュータが脳波を検知して、人間を補助して操作するタイプや、脳にミニコンピュータを埋め込んで、あたかも脳とAIが一体化した形で操作する方法も検討されています。 

脳とAIを直結する方式になった時、仮に多数の人間が1つのAIに接続する状況を想定すると、AIは個々人の違い、個性を学習するようになります。その結果、共通性の高いことと個別性の高いことを分類できるようになるかもしれません。そして、コンピュータ同士が通信し、接続している人間の情報を共有するかもしれません。少し恐ろしいですね。

人間とAIの繋ぎ方の議論はこれから本格化すると思いますが、1つ確実なことは、AIには学習のために大量のデータが必要であり、データセンターは増加の一歩を辿ることです。その結果、データセンターの電力消費が急増するであろうことです。 

ある経済紙が発行している雑誌の情報によれば、省電力をしなければデータセンターの電力消費は、2030年の時点において人類が現在消費している電力を超えるという予測を出しています。いかにもありそうな話です。 

6Gに向けて人間拡張をさらに進めようとしても、その大前提として電力消費を大幅に減らす手段を講じなければ、すべては絵に描いた餅に終わるということです。よって、AIを使って人間拡張をしたいならば、何はともあれ、データセンターやコンピュータの大幅な省電力を実現する必要があるということなのです。 

そこで次は、データセンターやコンピュータの電力消費をどうやって低減していくのかという話に移ります。 

データセンターという大きな話に入る前に、あなたのパソコンがどのくらいの電力を消費しているか知っていますか? こういう私も実は人から言われた情報を鵜呑みにしていました。しかし、昨今は正しい情報とフェーク情報が混ざった世界になりつつあるため、電力計を購入して自分で計測して確かめることにしました。 

結果の一部を示します。対象のノートPCは、第8世代のi7 CPUを搭載したものですが、アイドル状態の電力は約6Wでした。一方のデスクトップは、CPUは第11世代のi5ですが、CRT画面を消した状態でのアイドル時の電力消費は約10Wでした。

CPU(i5)負荷最大時はスペック上28Wですが、大抵の仕事は10Wで行うことができます。 唯一、自作のAIソフトを学習させた時だけは負荷が100%になり、電力消費が急増しました。AI学習が電力喰いであることをその時実感しました。

パソコンの電力消費が分かったので、今度はCRTの消費電力を計測した所、22WでありPC本体よりも大きいことが分かりました。画面サイズは23インチであり、LED液晶モニターを使っています。 CRTもパソコン並みに電力を消費するのです。

さらに、無線LANルータの電力を計測しました。結果は約5Wであり、アイドル状態のノートPC並みでした。PCは使用しない時は電源をオフしますが、ルータは24時間稼働なのでPC以上に電力消費が大きいことが分かりました。通信品質を高めるためにルータを多数設置することは電力消費を増大させることを実感しました。

最後に、光ファイバ上に乗せられた情報を電気に変換する装置の電力消費を計測しました。結果は約12Wでした。パソコン1台並みの電力です。

以上を総合すると、通常のオフィス業務や家庭では、季節にも依るものの、電力消費のトップは空調になるだろうと予想できます。電力消費の桁が違うからです。 

本題のデータセンターはどうかと言えば、CRTよりも圧倒的にコンピュータの数が多いでしょうから、コンピュータ用の電力が大半を占めると考えがちです。しかし違うのです。コンピュータの電力消費とファシリティ設備の電力消費に分けると、その比は1:1.5と言われています。つまり、ファシリティの電力消費の方が多いのです。(これは少し前のデータであり、この比は日々変化しているでしょう。ここでは、この比を正として議論を進めます) 

ファシリティ設備の電力消費の中のトップはオフィスや家庭と同じく空調用でした。なぜ、空調が必要になるかと言えば、それはコンピュータから出てくる熱を冷やす必要があるからです。コンピュータが熱を出す理由は電線の抵抗で発熱をするからです。コンピュータの中は電線の塊ですから発熱が多いのは当然です。そう考えていくと、電力を使う限り発熱を減らすことも電力消費も減らすことは難しそうです。電力の使用を減らすには、電力の利用そのものを大幅に減らすしか道はなさそうです。

では、電気の代わりに何を使うのか? 以前からずっと議論されてきましたが、光への置き換えが有力な候補と考えられます。 

長距離通信はすでに光ファイバの独断場になっていますので、あとはそれをコンピュータのどこまで延長するかという話になるわけです。現在はルータで光から電気への変換が行われています。その際、信号を増幅するために電力消費が上がります。その後も、電線を使う有線か、あるいはアンテナで無線に変換して通信しますが、どちらも電気です。昔と比べると省エネ化が進みましたが、さらに電力消費を2桁、3桁下げようとすると簡単ではありません。 

電気から光へと情報伝達の手段を変える場合、いくつかのステップが考えられます。最初はルータからコンピュータまでの区間、次がコンピュータの入口から内部LSIまでの区間、最後がCPUを代表とするLSI内部の3つです。 詳しくは、別のコラムで議論したいと思います。

今という時は非常に面白い時代です。例えば、車の世界では100年前に一度敗れたEVがリターンマッチをしかけ、今回は内燃機関を土俵際に追い込んでいます。完全に勝てるかは分かりませんが、優位な状況にいます。自動車の世界において大きな変化が起こるならば、コンピュータの世界で大きな変化があっても不思議ではありません。 

コンピュータの歴史を振り返れば、最初は機械式でしたが、その後に出てきた電子式に完全に駆逐されました。電子式の中でも真空管から半導体への要素の移行がありました。その後、半導体と電子式の組み合わせは半世紀以上にわたって一世を風靡してきました。 

機械式コンピュータがEVのようにリターンマッチを仕掛けてくることはないと考えますが、電気を使用した際の熱の発生問題を根本解決する手段が無い以上、盛者必衰の法則に従って、別の方式に引導を渡す日が来るでしょう。光の利用はその筆頭候補であり、実用化もそう遠くはないかもしれません。時代の変わり目に立ち会えるかもしれないと思うとワクワクしますね。