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製品進化とマネジメント風景 第98話 光通信技術の進化と電力消費マネジメント   

5GからBeyond 5Gあるいは6Gへの議論が始まっているという話を前回のコラムでしましたが、今日の状況をみるかぎり、無線通信に限らず有線通信を含め、とにかく通信速度の向上を重視しています。しかし、速度を向上することが本当に必要なことなのでしょうか?

通信速度をどこまで高める必要があるのかという問いに適切に答えることはかなり難しいかもしれません。歴史を振り返れば分かることですが、技術の進歩を促す原動力はいつも人間の能力の限界を超えようとする『人間拡張』の活動にありました。ですから、社会全体としてどこまでの『人間拡張』を実現したいのかが分かれば、物事の必要レベルが決まるのだと言えます。

個人レベルの生活を考える限り、現状を超える通信速度はそれほど必要ではないかもしれません。しかし、産業界はここに宝の山があると考えており、更なる人間拡張を進めようとして通信速度を向上しようとしています。 

その代表例はAIを使った知性面での人間拡張です。Google等によるウェブ検索によって人間の知識面は大幅に増強されました。しかし、今度は、その膨大な知識を必ずしも有効に活用できていないことが気になり始めました。そこで、大量の知識から何らかの役に立つ法則を抽出したいと考え始め、その手段としてAIに白羽の矢を立てました。

高度な能力を持つAIを作り出すには大量のデータを学習するプロセスが必要であり、そのためには多数のコンピュータを繋ぎ、データの送受信を行いながら計算を実行する必要があります。今の人間を超えるAIを作ろうとすれば、必要なデータ量とその通信量は現在の値よりも数桁大きな量を扱わなければなりません。 

有線で通信する場合には、光ファイバで送られた情報を電気信号に変換し、これを銅線に乗せてコンピュータ間の通信を行います。しかし、銅線に電気を流す限り、必ずエネルギーが熱によって失われます。 

単にエネルギーが失われるだけならまだ良いのですが、失われたエネルギーが熱となり、コンピュータ内部の温度を上げてしまうと問題が起こります。コンピュータは熱に弱い半導体の塊であり、温度が上がると誤動作を起こします。そのため、空調や水冷装置を使って冷却しなければなりません。そうなると、今度は冷却するための電力が必要となります。冷却に要する電力量は馬鹿にできません。コンピュータの作動に必要な電力と同等か、それ以上になる場合もあるからです。

つまり、電線を使って通信速度を上げようとすると、どうしても電力消費が増えてしまうのです。この話は電気の常識があれば理解できると思います。では、 無線の場合はどうなるのでしょうか?

無線LANは我々を有線の束縛から解放してくれました。その影響は絶大だったと思います。普通の人は現状の5GやWiFi6レベルで大きな不自由は感じていないと思います。しかし、人間拡張を更に進めるために通信速度を現状の数Gbps(1秒当たり10の9乗ビット)からTbps(1秒当たり10の12乗ビット)のオーダーまで上げようとすると問題が生じます。 

無線による通信速度を数桁上げるためには、使う周波数も高める必要があります。現在5Gで使用している周波数は2.4GHz,5GHzおよび6GHzですが、これを数百GHz(ギガヘルツ)あるいはその上のTHz(テラヘルツ)にまで高めなければなりません。 

この高周波数化は問題を孕んでいます。高周波の電磁波は直線性が強く、障害物にも弱いため、通信の信頼性を高めるにはアンテナや無線Lanルータの数を増やして設置しなければならないからです。これは電力消費を増やすことを意味します。無線化も有線よりも電力効率は悪くなりやすいので、便利ではあるのですが電力消費の観点からはあまり賛同できない話なのです。 

では、どうすれば良いのか? 単純に考えると、電気を使って情報を送受信するというプロセスを変えるしかなさそうです。ちなみに、電気の代わりに情報を送る方法の筆頭候補は光です。 

長距離のデータ通信は光ファイバの使用により、すでに光化されています。つまり、問題はそこから先です。現在は、光トランシーバという装置を挟んで、光に乗せられた情報を電気に変換しています。 

光トランシーバの構成要素はシンプルです。光を受信して電気に変換する部分と、逆に電気を受信して光に変換して送信する部分の2つに分けられます。

受信側では、光に乗せられた情報は、フォトダイオードによって光から電気に変換されます。ただ、フォトダイオードの出力した電気は微弱すぎるので、これを増幅した後、ルータなどを経由して電気に情報を乗せて送ります。 

エネルギー消費で考えると、光から電気に変換した後、これを増幅する所で結構な電力消費が発生します。増幅しなければならないのは、この後、電気が銅線を流れていく際、熱の発生とともにノイズが増えて情報が汚染されるからです。 

フォトダイオードでの光から電気への変換は光の波長と使う材料により変わります。シリコン系の材料は190~1100nmの波長を電気に変換します。可視光の波長は380~770nmなので、この材料は可視光を主とし、一部の紫外線域と赤外線域の光を電気に変換できるということです。 

もう1つの代表的な材料はInGaAs系(インジウム・ガリウム・ヒ素)です。この材料は800~2600nmの光を効率よく変換します。よって、近赤外光を受ける場合にはこちらが有利です。暗い所でも良く見えることを意味するので、低照度カメラのセンサにも使われる材料です。 

太陽電池もフォトダイオードと同じ光半導体の一種です。ですから、フォトダイオードの代わりに太陽電池を使って光を電気に変えることも可能です。両者の違いは、フォトダイオードが光を電荷に変える変換効率を高めることに重点が置かれているのに対し、太陽電池は電流出力を高めることに重点が置かれていることです。

さて、ここから送信側の話に移ります。電気に乗せられた情報を光に変換します。光として送信する時は、光ファイバを通って長い道のりを移動することになるため、強い光にして送り出す必要があります。そのため、レーザ光に情報を乗せるのが普通です。レーザ光は半導体レーザを使いますが、電圧を一定レベル以上高める必要があり、ここでもかなりの電力消費が生じます。 

ここまでの話からお分かりのように、既存の光トランシーバでは、光から電気、電気から光への変換をする際に電力消費が増えてしまうのです。 電力消費を抑えて大量の情報を扱うためには、この光トランシーバでの電力消費を減らさなければなりません。その対策を理解しやすくするために、光トランシーバの歴史を少し振り返ります。

光トランシーバの利用が本格的に始まったのはWindows95が出た1995年からです。その頃の通信速度は1Gbpsでした。有線のイーサネットを使い、最大10の9乗ビットの通信が出来るレベルでした。それが2016年には400Gbpsまで上がりました。21年間で400倍であり、毎年33%ずつ増加した計算になります。数年に一度、規格を変えながら、通信容量を増やしてきたのです。 

世界の情報通信量の増加については、ジェトロの調査結果に依れば2001~2021年までの20年間で165倍に増えており、こちらは年率に換算すると30%です。今の所、光トランシーバの能力向上が情報の増加ペースを上回っています。よって、ここだけみると問題なさそうに見えます。

光トランシーバにおける光の処理速度は年率30%で向上しており健闘しているのですが、光を電気に変えた後の処理の所にボトルネックがあり、その向上のペースは年率20%がやっとです。そのため、電気のチャンネル数を年率10%弱増やすことで辻褄を合わせてきました。これは電気の配線を細線化して数を増やすことを意味し、製造限界が近づくとともに電力消費も増えていきます。

これまで光トランシーバにおけるエネルギー消費量は10年で1/10まで減らしてきましたが、電線の細線化と増大化により、消費電力は今以上に下がらない可能性が出てきました。一方、情報量は従来どおりに年率30%増、つまり10年で14倍に増えていきます。そうなると、光電変換の所のエネルギー消費は情報量の増大と同じペースで増えることになり、早晩、問題化するでしょう。

ちなみに情報量の増大が従来並みの年率30%増という仮定は控えめかもしれません。なぜなら、これまでのユーザーは人間だけでしたが、今後はIoT、つまりマシンとマシンの間でも情報通信が行われるようになるからです。マシンの数は人間の数より1桁から2桁多いので、年率30%が控えめな数字だと考えるわけです。IoTまでを含めて電力消費を抑え込むためには、今の光トランシーバのアーキテクチャでは対応できそうもありません。根本的な見直しが必要になると考えます。

では、どうすれば良いのか? 有線であれば、光ファイバで送られてきた情報をコンピュータに入口まで、つまりLANケーブルの部分を光で情報を送受信できるようにすることが1つのソリューションになるでしょう。また無線であれば、例えばLEDの照明装置に合体し、室内を明るくしながら同時にコンピュータと光で情報通信をすることもソリューションになりえます。 

そのためには、光ファイバで送信された光情報を、電力消費を極小に抑えて別の光に変調するプロセスが必要となります。これを可能にするのが光トランジスタです。この光トランジスタですが、とりあえず研究室レベルでは作れるようになりました。 

光トランジスタの内部では、従来のように光から電荷、電荷から光への変換をするのですが、微弱な電荷を増幅せずに、つまり電力をほぼゼロに抑えて入力した光を別の光に変調できるものです。この技術により、光ファイバで送られた情報をコンピュータまで、あるいは、少なくとも半導体集積回路の入口まで、光だけで通信することが可能となります。 有線系では、イーサネットケーブルを光ファイバ的なケーブルに変更することが主たる変更点なので、その気になれば進められるでしょう。

一方、無線系での光利用への変更は、有線系に比べると進みにくいだろうと考えます。無線系は、無線ルータを設置するだけで通信できるようになりますが、光通信を行うためには建屋の照明系全体を大改修する必要があるからです。 

ここまで、人とAI、AIが搭載された機械と機械が情報通信を行う時代において電力消費を抑え込むためには、熱を発生する電気から熱を発生しない光による情報通信にパラダイムシフトを行う必要があると述べてきました。ただ、これに関して、1つだけ注意すべきことがあります。それは量産化時に使う材料です。

光通信を進めると、短距離版の光ファイバの生産量が増えると予想されますが、可視光域が得意なシリコン系の材料であれば、原料問題についてそれほど悩まずに済むでしょう。しかし、近赤外域のInGaAsを使う場合には懸念が残ります。特にインジウムは非常に希少性が高いので、生産量が増えると原料の調達問題に直面すると予想されるからです。 

いつの時代にも当てはまることですが、大量生産を目指すならば、入手性の良い材料を使って製品を実現する技術にこそ価値があります。希少性の高い材料で高性能を実現したとしても、世界情勢によって、それは砂上の楼閣になってしまうリスクがあるからです。貴社はこの問題についてどのように考えておられるでしょうか?